第7話とまどいの少女
ヤッス家の馬車に戻ったオレたちは一息をついていた。オレの対面に少女が座りその横にはヒコニが気遣うように腰かけている。
「どう。すこしは落ち着いたかな」
少女は流れ作業のように連れ込まれた馬車の片隅で所在なさげに座ったままこくこくと頷いた。
「あ、あのぅ。わ、わたしはどうすればいいでしょうか」
少女の質問は、いまひとつ的を得ないものであったが正面に座って……、寝転がった貴族の青年はこたえた。
「うーん。どう、というか、あのまま君を置いておいても状況は好転しそうになかったから、解決のために連れてきたってかんじだからさ、この馬車で、君もパアルコに着くまでゆっくりしておけばいいとおもうよ」
「え? あ。へ?」と少女はそれに本当に従っていいのかな、と首から上だけで右往左往したあと助けを求めるように横に座るヒコニを見つめた。ヒコニは向けられている視線を感じ取りながらも、さきに言葉にするべきことがあると口を開いた。
「フフ。オーサン様。まず、きちんと座りましょうか」
「えっ。だめ?」
「はい。まったくのだめだめですね。ヒコニといたしましては、なぜそれで問題ないと判断なされたのか正気を疑う所ですよ」
とにっこりとしたヒコニにオレは背中に嫌なものを感じたので上体を素早く起こして座り直した。
「良いお心がけです。ヒコニはオーサン様の素直なご様子を嬉しく思います」
「あ、ああ、うん」とオレは生返事を返しながら、ヒコニを怒らせると後が大変なんだよなァ、と思いはしても口には出さなかった。
少女は二人の妙な雰囲気に当てられたのか、くすっと声を漏らして笑った。ヒコニは優しく問いかえる。
「どうかなさいましたか」
「え、あ。えっと。お二人は、御貴族様とその従者様なのですよね」
ヒコニは答える。
「左様でございます。あと、わたしに敬称は不要ですよ」
「あ、はい。そ、それでおふたりは上下関係、っていうんですか。なんかそういうのが反対にみえちゃって、それがなんかおかしくって。笑ってしまってごめんなさい」
ヒコニは抑揚にうなづくと言葉を続けた。
「なるほど。確かに一般的な貴族と従者の関係からすれと違和感を覚えるでしょう。ただわたしの仕えるヤッス家は、強き者を敬う風土が根付いておりますので、そういった差異もあるでしょうね」
「えっと、いうことはヒコニさんはとても……」
ヒコニはちいさく顎を引いて右の手のひらを胸に当ててこえた。
「オーサン様の護衛を兼ねていますので。という回答で満足いただけますか」
そうしてヒコニは少し微笑む。うん。男のオレからみてもとても様になっていてみ惚れる部分がある。
「は、はい」と返事をした少女の頬がすこし紅潮しているのはきっと見間違いじゃないんだろうな。とオーサンは独り言ちた。
「本当にうちの従者どもはどいつもこいつ男前で嫌になるな」
「おや。ヒコニはオーサン様もやる気を出されれば、兄のモリエ様のような女性に慕われる紳士に成長できると信じておりますよ」
「モリ兄のような、ねえ。精々、兄の名誉を傷つけないようにがんばるよ」
「そうなさってください」
そうして和やかな会話を重ねるうちに時間は過ぎていく。ミシビワガン大橋の上をのろのろとした前進と停止を繰り返して、馬車は王都へ向かった。
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