第6話マサン・アルジー

「マサン。お前もいたんだったらとめに入れよ」


 オレの声に女性の背をやさしく支えている知己ちきの男は笑みをみせた。


「いやちょっと、ぼぅとしててさ。出遅れちゃったんだ。ほら、でも代わりに彼女が転倒するところを助けられたから、むしろよかったかもしれないよ」


 女性を助けたのは、オレと同い年でありながら背丈は頭一つ分は大きくすこしぽっちゃりした体形のマサン・アルジーという男だ。

 いまもマサンはやさしい眼差しのまま「さあ、どうぞ」と女性をエスコートするように立ち上がらせようとしていた。

 こいつはシー月頃に厳しい寒さと激しい積雪にみまわれるハママ領を所有する四大貴族家のひとつ『北の大貴族アルジー家』の跡取りで、マサンはとりわけ険しい顔立ちの多い血筋のなかで正反対の穏やかで親しみをもたれる顔立ちが特徴な男であった。

 

 ちなみに、オレの生家ヤッス家とマサンのアルジー家は隣領同士ということもあって多少の交流はあり、マサンとは個人同士の友人関係といったところだ。


「あ、あの。ありがとうござます」

 と女性は優しくエスコートするマサンに礼を述べると、こちらに目を向けた。

「あなたがあの男の腕を掴んでとめてくれて助かりました。ありがとうございます」 

 女性の礼儀作法は育ちの良さをそのままに表していた。

「オレとしては、あなたの勇敢な行いがあったからこそ、結果として助けることになった。っていうだけだから、気にしなくてもいいよ。それよりも彼女が心配じゃない」

 そうオレがちらりと視線を向けると、女性はそうね、と顔を背けてうつむいたままの少女に声を掛けた。

「大丈夫。怪我はしてない」

 女性がやさしく声を掛けると少女は顔面を蒼白にしたまま涙をこぼして謝罪の言葉を口にした。

「わ、わたしがふらついて馬車をさまたげてしまったばっかりに、ほかの御貴族様にまでご迷惑をおかけしてしまい、もうしわけありませんでした」

 少女は頭を地にこすりつけた。

「もうしわけありません。もうしわけありません。すぐに、すぐにわたしはいなくなりますので、どうかおゆるしください」

「え、あの、ちょっと……おちついて」

女性は少女がいっそ錯乱さくらんしたように一心不乱に謝罪の言葉を口にし続ける姿に、どう接すればいいのかと困惑した表情を浮かべて動けなくなっていた。

 このままでは事態が膠着こうちゃくして時間を取られそうだと判断した男は従者の名を呼んだ。

「ヒコニ、いる」

 この騒ぎをつくった枝鞭男はもういないとはいえ、このまま平民の少女を放っておいてもろくなことにはならないよね。

「はい。こちらにおりますよ」

 ヒコニはできる従者だ。そつがなく性別も同性ということで適任だろう。

「彼女のこと、頼めるか」

「オーサン様がお望みになられるのであれば」

 とヒコニはスッと少女のそばによると一息に抱え上げ、ささっと早業で背中と膝のうらに腕を差し入れて抱え直す。形としては、所謂お姫様だっこであった。

「お嬢さん。このままではどなたにとってもよろしくない事態に発展しかねませんので、一先ひとまず私どもに従っていただけますか」

 ヒコニの行動と言葉に、すこし表情を赤らめた少女がこくこくと頷くのを確認したオレは声をだした。 

「それじゃあオレは馬車にもどるからあとを頼めるか。マサン」

「わかったよ。こっちはやっておくよ。けどさ、オーサン。その娘にへんなことしちゃだめだよ」 

 その言葉にマサンの隣の女性がぎょっとしたような視線をこちらに向けた。オレはその視線にあえてこたえず、かわりにジト目を友に向けておくった。

「するわけがないだろうが。誤解を招くようなことを口にするんじゃない」

「ははは。冗談。冗談だよ」

「まったく、お前は」とオレは口にしたあと、この騒ぎの幕引きをはかるためにあえて声を張り上げてお道化どけた仕草で深々と礼をした。


「それではみなさん、ごきげんよう」


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