第3話オーサンはパアルコ魔学術校に馬車で向かう

「遠いなァ」


 オーサンはヤッス辺境伯家の紋章を印した馬車に揺られていた。


「オーサン様。そのようなはしたない姿勢はおやめください」


 馬車に同乗しているのは、従者で猫の獣人種ヒコニであった。


「ヒコニ。そうはいっても自領からおよそ十日なんてパアルコが遠すぎじゃない。そのうえやることもないし、寝転がる程度ならどうってこともないだろう」


「兄上のモリエ様は移動中も学術書を読まれておられたとワルニが申しておりましたよ」


 ワルニはヒコニの姉にあたる猫の獣人であり、全身の黒一色の毛並みにサファイアのような青い瞳が特徴である。ちなみに、妹のヒコネは正反対の白い毛並みに翠の瞳している。

 背丈はオーサンよりやや高く、執事服で男装の麗人よろしくみごとに着こなしていた。


「モリ兄は、真面目で文武ともに優秀だからなァ。オレは家の恥にならない程度に姉様を見習ってそれなりにやるよ」

 

「ハア……。オーサン様はおやる気なられれば、モリヤ様に勝るとも劣らないとヒコニは信じておりますよ」


「ほどほどにね。それに下手に目立つと王都族のやつらに睨まれてろくなことにはならないからね。兄様あにさまも随分とやっかまれたみたいで辟易したって愚痴ってたし」

 

王都族は、王都周辺に自領を持ちほとんどを王都で過ごす中小貴族の総称である。


「私には、理解しがたいですね。獣人種は強く賢いものを尊びますから」

 

「……耳が痛いです。あいつらは僻地、辺境だってだけで見下してくるような連中だから仕方ないよ」


「それは辺境の過酷さを知らぬからの浅慮愚行せんりょぐこうでしょうね」


 そうして二人が会話を重ねていると馬車の屋根からゴトっと音が響いた。


「ん。これはあれかな。イナオスからの報せかな」


 ヒコニは走行中の馬車の戸を開けて身を乗り出すと音のもとに視線を向けた。


「どうやらそのようです。おいで」


 ヒコニは伝書鳥に餌を与えて腕に乗せると体を車内に戻して戸を閉めた。そして伝書鳥の脚に付けられた筒から紙を抜き取って目をとおした。


「……どうやら懸念されていた時期に入ったようです」

 伝書鳥が羽を拡げてバサっと軽く飛んでオーサンの肩に乗っかり頭をこすり付ける。

「よしよし、元気そうだね。そうか。今代の大聖女オギマ様も在位から数十年、継承の時か」


 まず、大聖女は卓越した浄化の力を有する者に与えられる職務である。またその職務上重い職責をともなうこともあって市井しせいの人から絶大な人気と尊敬の念を受ける称号でもある。

 つぎに本来、女神の神力である浄化の力はおさめるに値する器のあるものへと自然に継承されていくものであったが、近年になって儀式化に成功しており、これを選定の儀と呼ぶ。

 そして、この浄化の力は魔素の影響を弱めることで魔獣の活性化を抑えることができるため人類圏の存続に欠かせない力なのである。


「はい。そのようです。大聖女の力は聖女のそれとは違い、その身の内に女神を宿すがゆえに絶大な効力が得られるとものとされていますから、器となる人間の限界は避けては通れない問題です」


「だなよね。ああ嫌だァ。面倒なことが増えそうな予感がする。なあ、ヒコニ。パアルコ行きをやめて引き返せないかなァ」

「王命ですからどうあっても無理ですね」とにっこりしたヒロニははっきり告げた。さらに言葉を続ける。

「それに、これで貴族子弟にとって次代の大聖女をいかにはやく探し出してお近づきになるかは、喫緊きっきんの課題になりました。なぜなら、大聖女と王族の婚姻は決定事項。そのうえで、大聖女と既知の間柄であれば諫言かんげん讒言ざんげんを恐れて自然と王国内おいて地位の向上が期待されますからね。ヤッス家のため、オーサン様には頑張っていただかなければなりません」


「そうはいってもだなァ。辺境伯家は四大貴族家ともそんなに関わりは少ないから、そう影響はないんじゃない」


 大聖女の浄化の力によって、王都を離れるほど魔物が活発に行動するため危険が増すのである。

 そのため大貴族を含めて、とくに王都族などが辺境に赴くことは極めて稀であった。


「オーサン様の言葉も一理ありますが、その積み重ねが辺境、僻地への侮蔑を生まれさせたのではありませんか」


「……言い返す言葉もないな。数百年に渡ってシュガアーツ王国の辺境の地で魔獣の被害から国を守り続けたのに、野蛮だなんだ侮蔑されるようになるなんてね。『アア、なんと皮肉なことか。』と嘆き叫び散らしたいところだよねえ」


「まったくですね。災禍から安穏な生活がどうやって守られているかも知ろうともせずに侮蔑するなど、恥、恩知らずで浅はかな限りです」


「ヒロニは口厳しいなァ」


 馬車はゆっくりと王都オオウツに向かうのであった。


 

 






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