第2話ヤッス辺境伯家

「ただいまァと」


 オーサン・ヤッスはシュガアーツ王国の東に位置するマハラ領ヤッス家の屋敷に戻っていた。オーサンが声とともに正面入り口から躰を滑り込ませたところで大声が響いた。

「オーサン様っ。ただいまではございませんぞ。勝手に一週間も外出をなさってどこに行っておられたのですか」

 初老の男性はすごい剣幕でオーサンを捲し立てた。

「うお!? イナオスか。お前まさかずっとそこに居たんじゃないだろうな」

 イナオスは、ヤッス家に仕える家宰である。

「一週間ですぞ。そんなわけが御座いませんでしょうが。まさかまた探究者まがいのことをなさっていたのではないでしょうな」

 オレは変に弁解することなく正直に屋敷のあるマハラ領の隣にあるナハマ領で駆除した魔獣種のことを話した。

「イオナス。たしかに探究者紛いこともしたが、今回はまったくの不可抗力なんだ。お前もオレがほんの三日程度のつもりでヨーゴゴ湖に向かったのを知っているだろう。そこで、ブウラックバッシュが繁殖して困っていると聞いては、他領のこととはいえども放置するわけにもいかない。そうだろう」


 魔獣とは、不意にうまれた魔素だまりの影響をうけて動植物が変化したものであり、総じて魔獣種と呼ぶことが多い。また、魔素だまり自体は自然現象の一種である。つまり発生自体を食い止めることは不可能といえた。

 そのため、つねに世界のどこかで魔獣種が生まれて成長、繁殖しては人類を脅かすという厄介な存在なのである。

 ただし王国の東に位置する辺境伯領のさきににある人外魔境と呼ばれるところはまたべつ世界ではあるが……。 


「むう。正論ですな。しかし、ブウラックバッシュ。またですか。すこし前に駆除したばかりと記憶しておりますが」


「そうだ。毎年のこととはいえ、すこし頻度がおかしくないか」

 

「ふむ……。たしかに、気に掛かりですな。わたくしめのほうで調べておきまする。それよりもオーサン様はすぐに出立の準備をなさってくだされ」


「出立? どこに」


「……オーサン様はお忘れですか。数代前の王命により、このシュガアーツ王国に住まう15の年をまたいだ貴士族、あるいは、なにかしらの才能を見出された下民は、きたるウー月より王都オオウツにあるパアルコ魔学術院にかならず在籍する決まりですぞ」


「ああ。そういえばそうだったな……」


「昔から愚かな考えをもった貴族はおりましたが、近年はさらに輪をかけて目立ってきておりますからな。王国としては、次代を担うものたちにすこしでも見聞をひろめて、まともになってもらいたい。という願いがあったそうです」


「それがいまじゃあ王国の縮図のような醜い諍いの場とは、浮かばれないよなァ」


「まったく、なげかわしい限りです」


「わかった。さっそく準備するよ。それで親父はどこにいる。これを渡しておいてほしいのと聖女の派遣を頼みたいんだけど」


「これは小ぶりですがなかなかの魔石ですな。確かにお預かりいたしました。聖女の件とあわせてリッツ様にご報告をあげておきます」


「よろしく~」


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