第7話 <言祝ぐ息吹>──③

「スーラちゃんってさ、大体どれくらいの時間飛べるん?」


「前に母さんに言われて、どれくらい飛んでいられるか、ヘトヘトになるまで試したことがあるの。えっと、その時は確か──二日と半日くらいだったかな。それ以上は翼の疲れよりも眠気がさ……」


「うっひゃ~単位からして違うんだ!アタシなら9時間で限度来ちゃう!長命種のスケールってやっぱスゴいんだね~」


(今、私達殺し合いの真っ最中なんだよね……?)


 エンズの上空、スーラは事前の作戦通り、ネヴァンとともに待機していた。こんな状況でも初対面の気安さの通り、次々と話題を振ってくるネヴァンに困惑しながら。


 もちろん互いに警戒は解いていないが、『もし敵にもアタシらみたいに飛べるタダビトがいたら、むしろもっと開かれたトコに陣取るっしょ?見張りやすさとか考えてさ』というネヴァンの言葉通り、上空では外敵と特に出くわすこともなく、遙か下の地上で豆粒ほどの大きさになったエンズが、二人分の人影に飛びかかられるのを眺める余裕すらあった。


「──っ!ああっ」


 一人の人影に掴まれるエンズのおぼろげなシルエットが見えて、スーラは思わず裏返ったような小さい悲鳴をあげた。対照的にネヴァンは泰然自若として、先程のスーラとの雑談の際よりやや優しいトーンで安心するよう促す。


「ダイジョブだって。あの人殺しても死なない人だから。単純に強いしさ」


 その言葉が証明されるのに数分も必要なかった。白髪エンズの人影は、動かなくなった他の二人の人影の真ん中で何か探すような素振りを見せると、やがてその足下からもうもうと青空のような色をした煙が、空を飛ぶ二人の方へ立ちのぼってきた。地平線に沈み始めた太陽の赤い日に映えて美しさを増す色だった。


「ほらね!合図が出た、次はアタシらの出番だよ!」


「うん!……はあ、良かったあ」


 スーラは自分でも不思議なくらいに心の底から安堵した。理由は自分でもわからない。エンズが自分よりこういった場面に慣れているのは明らかだし、実際、おぼろげながらも上空から見える彼は。何もかも想定通りといった動きで窮地を脱したように見えた。


(けれど、本当に良かった……)


 つかの間目を閉じて、胸元に手を当てる。ほんの少し、しかし確かに鼓動が速くなっているのがスーラ自身にも読み取れた。『もう大丈夫、大丈夫だから』と自分に言い聞かせ、再び目を開ける。視線を感じて横を見ると、何故だかニヤニヤと口元の緩い笑みを浮かべたネヴァンと目が合った。


「スーラちゃん……?──あッ!イヤ~そっかそっか。そういや黒い森での朝の時も……ふ~んナルホドね~」


「な、何?どうしたの?」


「イヤイヤ!アタシも野暮になりたくないし!何より今は作戦中だから!アタシも配置に着いてくるね!スーラちゃんも手筈通り、エンズの合図が聞こえそうなトコで!──二人のこと、アタシは応援したいって思うな!じゃ!」


 言い逃げした最後の一言だけ意味が良くわからないが、それ以外はもっともだ。合図が出たからには私もグズグズしていられない。


 スーラは自分の中で気合いを入れ直すと、既に飛んでいったネヴァンとは反対向きに、森を川下側へ迂回するような道筋で飛び始めた。今回の敵を倒して渡る予定の川も越え、適当な木の枝に座り込んだ。


(これで位置取りは作戦通り。後はシュトラールが合図を出して、私が”歌”を唄えば良い──やる。やるんだ。エンズが闘わなくて済むように)


 無意識に力んだのか、スーラの艶のある黒い爪が、掴んでいた木の幹に音を立てて食い込んだ。


 森の入り口から奥へとエンズ、敵の根城があるであろう森の最奥部へシュトラール、川上側へは上空からネヴァン、そして川向こう──エンズとは森を挟んで間反対──にスーラ。これで各々が自身の配置に着いた。



 ※



 ──同時刻、森の奥


「ちっくしょう!何だ!どうなってやがる!!」


 野太い男の声が森の中にこだました。盗賊達のリーダーだ。平たく垂れた耳たぶをパタパタと震わせ、必死に周囲の状況を音で確認しようとしている。


「お頭、逃げましょう!ゲナーは死んだ!多分クッツェも!何人いるか知らねえが敵う相手じゃねえ!川岸にあった船で──ギャッ」


 右で音がしたと思うと、手下がまた一人茂みに引きずり込まれた。首を折られる音がしたかと思うと、すぐに敵の音は失せ、後には死体だけが残っている。さらには先程から森の木々の隙間を縫うように、チラチラと黒い影が周囲を威圧するように飛び回ってくる。


「独りになるな!かたまって川岸まで下がるぞ!走れえええ!」


 三人に減った手下に対して、リーダーらしくあろうと必死で指示を出し、がむしゃらに手足を動かして川のせせらぎが聞こえる方角へひた走る。欲をかいて慣れない場所に来るのではなかったという後悔が、脂汗になって男の顔から吹き出ていた。


「……あっ!見えた!お頭、川です!」


 手下の指差す先を見ると、確かにわずかに夕日に照らされた清流がすぐ先に迫っている。開けた岸まで駆け寄ると、ここに来た際に見つけた、何者かが残したらしい船を視界に捉えた。


「よし!船を出せ!川下へ森を抜けて、開けた場所なら敵の位置も俺の耳で聴き取れる!」


「惜しい!でも開けた場所は敵にとっても相手を見つけやすいんだ。こんな風にね?」


 川下の方向から聞いたことのない声を聞き、山賊達がそちらを向いた。白髪の、中性的な容姿をした青年の姿がそこにはあった。当然彼らは、その青年がエンズという名であることを知るよしもない。


「君がリーダーか。お噂はかねがね──まあ、残念ながら君のお仲間が死ぬ前に話していたのを聞いたきりなんだがね──その耳と体毛の具合からして、”鼠”のタダビトかい?”蟹”や”狼”を使い走るには少々慎ましいね」


「なんだテメエ!邪魔するようなら殺すぞ!」


 山賊の一人が短剣を構え脅しつける。しかし全く意に介さない様子でエンズはこう続けた。まるで彼らの終焉を予告するように。


「これから死ぬやつに、僕が誰か教えたところで意味あるか?そもそも僕の興味は君達に無い。の方が余程気になる」


 含みを持たせた言葉とは裏腹に、エンズは山賊達のそばへ何の躊躇いもなく近づいていく。


「近づくな、この野郎!脅しじゃねえぞ!」


 山賊達のリーダーが服の内に仕込んだ大量のナイフを取り出し、飛び道具のように投げる。仮に何本か避けたとしても、人数では自分たちが勝っている。隙を見せたら飛びかかって押さえつければどうとでもなる──はずだった。


「──な、な、はあああああ!?」


 リーダーが素っ頓狂な声をあげた。山賊の他の生き残り達も息を呑み、目を見開く。ありえない。そんなはずはない。何故そんなことを何でもないことのように、と。


「音を立てない投擲用ナイフ、か。一応自分の長所を邪魔しない装備を選ぶくらいの能はあるんだな。意外だよ。まあ、別に良いけど──スーラ、今だ!」


 今も平然としているエンズは、両の手の指で数え切れない程のナイフを投げつけられ──のだ。


 そして彼らが呆気に取られている隙に、川向こうの木々の群れから勢い良くスーラが飛び上がってきた。エンズも山賊達も見下ろして、小さな口を大きく開く。


 唄うような旋律の一瞬後、大きな閃光と爆音が辺りを包んだ。

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