第4話 ライバル企業の工場長代理案件(中編)
とりあえず情報を整理しよう。
白鳥総合商社社長の白鳥社長。
渡辺生コンクリート会長の渡辺会長は旧友でありライバルということでプライベートの付き合いがある。
うん、ここまでは理解が追いつく。
渡辺生コンクリート九州中央工場長が入院。
その代理候補にエージェントを挟んでアプローチ。
つまり……。
この話しを断れば白鳥社長の耳にもこの話がいってしまう。
しかし受けて結果を出せばお世話になった白鳥社長を裏切ったように見えてしまう。
どうする、俺?
…………。
…………うん、待てよ……詰んでない!?
「こうなったら自殺しかないか……」
ゴクリ。
俺は真剣な表情で心の声を呟いた。
仕事がなくても金銭的な余裕がない俺は終わる。
やっぱり自殺しかないのか……。
「いてぇ!?」
頭にチョップを喰らった。
「なに真面目な顔して物騒なこと言ってるんですか!」
腰に手を当てて、お姉さんらしい恰好で起こる浅井。
「ゲームならビックイベントで来ただけで超テンションがあがる系だけど現実で起こるとその真逆で不安と絶望しかない……やっぱり現実なんて……くそだ」
「もぉ~、そんなにネガティブになられると私とても不安です。本当に任せていいのか? 推薦して間違っていたのではないか? って私の方まで不安と絶望で心が満たされてしまいますよ……まったく……」
ため息まじりの声は俺の心の脆い部分を抉るようにして突き刺さってきた。
そもそも話しが読めない。
なぜ俺なのか? ゲームで社長をしているのからか?
そんなのアプリをインストールして起動すれば赤ちゃんでも社長になれるぐらいにハードルが低く、経費や出費がなく稼ぎしかない会社の経営責任者つまり社長だ。
失敗0パーセントの神級にイージモードの会社の社長の肩書なんてクソの役にも立たないことは少し考えれば誰でもわかる。
いや……わからないから俺を推薦したのか?
ったく、いい目をもっているな。ふふっ、だったら見せてやろう、俺の経営者スキルをな!
「絶対に無理です!」
まず正座をして、背筋を伸ばす。
そして相手の目を見てドヤ顔で決める。
ふっ……完璧だ。
これこそ『THE 勘弁』。
今更捨てるプライドも守るプライドもない俺にはこれくらい容易い。
「理由は?」
流石にイラっと来たのか、低い声で問われた。
「納得のいかない解雇とは言え白鳥社長には恩があります。それにライバル企業の責任者として求められるスキルが俺にはありません。過去の実績? なんです、それ? ってレベルの俺に
「そうですね、貴方にはなにもありませんね」
一定のトーンで俺の目を見て放たれた言葉は正に呆れられた声だった。
営業をしていた時、よく聞いたことがある声だ。
静かで二人しかいない部屋は重苦しい空気へ変わっていく。
俺はこれを知っている。
誰かに怒られる時や失望された時に感じる空気感であることを。
大抵こうなったらその営業は結果が出ずに終わる。
つまり彼女の営業もここで終わり。
「ですが、真実の中に潜む嘘は光、嘘の中に潜む真実は闇、それを成す術は既にお持ちなのではないですか? 元白鳥総合商社営業第一課営業課長代理?」
刺すような言葉に俺は思わず息を呑み込んだ。
悪寒が全身を支配していく。
黒歴史やトラウマと言った類の物を強制的に掘り起こされる嫌悪感に気分が悪くなる。特に営業第一課と言われると。。。
「貴方は言いましたよ? 先ほどご自分の口で東神グループの役職者は世間的に厳しいノルマを三年連続達成しなければならないし有資格者であることが前提だと。その子会社でありグループ会社の役職者だった人が無能だとは到底私には理解できません。逃げる為の理由を探しているならこのお話しはなかったことで構いせん。ハッキリ言ってやる気のない方に工場のトップを任せられませんのでお引き取り下さい」
浅井えりは玄関のドアの方に指を向けて、失望と怒りの声を露わにした。
俺はだまって頷くことしかできず、彼女の部屋を後にする。
その時背中に感じたプレッシャーは言葉にできない程に重たくて吐き気を感じさせる程に居心地が悪い物だった。
そう……俺は恐かった。
――再び大きなミスすることが。
そして……今も逃げることしかできない臆病者。
――あの女好きの権力者で元上司のくそじじいと正面から戦うことが。
だから逃げた。
――失敗のないゲームの世界に。
だから求めた。
――責任のないポジションを。
そして。
――儚い希望を今日失った。
いつもならきっとあの時の一万円が先行投資として上手く機能しビックチャンスが舞い込んできたと喜んでいたと思う。だけど心の余裕や調子一つでここまで考え方や感じ方を変えてしまう、ということを学んだ。
人間は完璧ではない。
むしろ欠陥があるからいい、と誰かが言っていた。
わからないんだ。
後がなく、ゲームの世界に逃げるぐらいに心が疲弊し、無意識に感情がネガティブな方向に向かっていた俺は……既に自信を喪失していることに彼女は気付いていないんだ。弁解する気力がない俺は――再び会社だけでなく、彼女からも逃げる道を選んだ。
■■■
ある者へ電話を掛ける。
『どうでした?』
「失敗です」
『そうですか。外堀を固められて職を失ったメンタルダメージが大きいですか』
「一つご質問いいですか?」
『どうぞ』
「なぜライバル企業の再生計画に彼を推薦し、会長の御氏族の目を盗み友人に話しを通して私にこのような依頼をされたのですか?」
『わが社の繫栄にはライバルが必要です。それは過去も未来も同じです。だから私は今回の一件を利用することにしました。彼が出した損失の補填は大きくとても容認できるものではなかった』
「だったらなぜ?」
『親会社が参入しわがグループ会社一強になっては地域住民の方が困る。価格競争がなければ技術も向上しない。だから必要なのです、ライバルが』
「失礼ですが、彼より優秀な適任者は私の知り合いには沢山います」
『でしょうな、でもその方々は……いえ私の頼みごとを引き受けてくれた時点で本当は浅井さんも察しているではないのですか?』
「…………なにを?」
『会長の御氏族が彼を嫌いだった理由それは彼が努力家で必ず結果を出してきた人間だったってことを……おっとこれは私の独り言です。依頼はまだ終わっていません、期待しています。では』
スマートフォンから聞こえる音が電話が切られたことを告げる。
女はため息まじりの声で呟く。
「当然そんなこと知っていますよ。私が深夜帰ってきても部屋の灯りが付いていて朝起きた時にはもう部屋の電気が付いていたのを壁越しにずっと感じていたのですから……」
仕事の関係上、白鳥総合商社の従業員の噂はよく知っている彼女は奥歯を噛みしめて細い指を折り小さくて白い手が赤くなるまで力を入れて震わせる。
期待していた人物があそこまで落ちこぼれた人間に成り下がった事実に腹が立ちどうしようもないぐらいに失望したからだ。
■■■
利益。
それは会社が存続していく中で必ず必要な物。
生命体に例えるなら血であり肉であり骨であり生きる源である。
そんな利益の追求に俺は貪欲になるとさっき決めた。
初心者限定ログインボーナスで本来は課金アイテムである『未来資産』と言う強力なアイテムを手に入れたからだ。
「昨日は気分が沈んであの後すぐに寝た。その分を取り返すぜ!」
寝て起きたら現実から目を背ける程度には元気を取り戻していた俺はアプリを開いて早速ゲームの世界に逃げ込んでいた。
日付は4月27日。
朝起きたら給料から支払い物が引かれており銀行アプリに表示された残高9587円と言う社会人底辺と言う現実とは真逆でシステムコマンドの営業を連打し営業利益を伸ばしていく。『未来資産』を使い、成功率百パーセントかつ報酬が一定回数三倍になる効果は絶大で脳からアドレナリンが分泌され何でもできるような気にさせてくれる。当然成功体験からなんでもできる気になった俺は今まで挑戦しなかった新規事業の立ち上げをして見ることにする。
「最低先行投資資金1000万円、従業員は三人以上、……えっ?」
思わず画面を見て声がでた。
「マジかよ……プレイヤーレベル10を超えると経費が発生します……? だとぉ!? げ、ゲームなのにぃ!?」
今までがチュートリアルだったことに気付いた男は目を大きく見開いて絶句し手から力が抜けスマートフォンを床に落とした。
なにかの見間違いかと思いもう一度確認するが何度見ても、新規事業立ち上げに必要なレベル10の文字の下に毎月の経費と言う文字があった。
ただしここまでがチュートリアルなので新規事業立ち上げを拒むことはできず沢山の業種からなにか一つを選んで開業しなければならない。
「意外にリアリティーあるのな……これ」
一瞬驚いたがこれはこれでやり込み要素特に頭を使う系で面白そうだと思い早速沢山ある事業の中からなにをするか選んでいく。
俺が住んでいるゲームの世界は都会で人口が多いのでサービス業や飲食店なども地の利が効いて良さそうだ。
後はアミューズメント業なども利益が上げやすい傾向にある。
逆に言えば工場系の仕事は工業地域じゃないので前者の物たちに比べると不利になりやすい傾向がありそうだ。
既に全プレイヤーが二千人を超える鯖内での順位争いの一つは純利益で決まる。
どうせなら無課金で課金者の鯖内上位者たちと張り合いたい気持ちから効率を重視して事業と人選選びをしていく。
「ふむふむ。まぁ土地もまだ結構あるし選べる。なにより採用率はこちらが提示する報酬や待遇で成功率が決まるのか……時間を掛けて選んでいたら共有の土地つまり俺がめぼしいと思っている土地も他のプレイヤーに取られる可能性があるのか。ここは迅速に決めていこう」
時に経営者は迅速な判断能力も必要と聞いたことがある。
その意味がゲームを通して少しだが理解できた気がする俺はある事業を選び、他社との差別化を考え福利厚生の詳細設定を過去の経験を元に自分なりに弄ってみた。応募者10人の中から一般社員二名とこちらから指定した
その時、ふとっ脳裏によぎったことがある。
ゲームではあるが人選選びを真面目にした。
その時、俺は能力だけを見て起用したか? と。
俺は未来のある人選を年齢や能力と言った複合的な所から観察し検討し相手に打診したのではないかと……。
もし――客観的にこれらを考えるのであれば、
体験した過去の経験がゲームに役立った。
つまり過去の経験と共通点がある――経営ゲーム。
ではどんな共通点があるか?
新卒や中途採用と言った人事関係の仕事や部下の教育経験だろうか?
また相手の才能を見抜く力もそうなのかもしれない……。
結論、今までの管理職経験は果たして本当に経営とは無関係だったのか?
俺の心の中で生まれた疑問はすぐに大きく膨れ上がった。
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