第2話 再会から始まる30代の人生
あれから数日後。
最初は仕事がない日と言う退屈な日常に違和感を感じたが気分転換を兼ねて一週間は心身療養のためにゆっくりすると決めたので、今は一時的な
人生を舐めているわけではない。
ただ悲観的になってもネガティブなエネルギーしか生まれず功を成すことは今までの経験上あまりない。
逆にこういう時こそ心に余裕を持ち行動することが成功への近道だと営業マン時代実体験を通して学んできた。特に今みたく人間関係でごたごたした時は一見無駄のように見える心の療養が実は一番大事だったりする、と俺なりに考えての行動である。
「経営戦略ゲーム。久しぶりにすると案外面白いもんだな」
スマホでダウンロードしたアプリを開いてポチポチ操作して遊んでいく。
ゲームの内容はとてもシンプルでリストラにあった主人公が起業して経営者として成長していくゲーム性だ。
つまり収益を向上させて会社を大きくしていくゲームである。
自分の思い通りに会社を大きくしていくシミュレーション箱庭ゲームは昔から好きで小学生の時から暇があればしている。そのかいあって無課金でも十分に遊べる。
まず社長として起業した時は従業員は当然ながら自分一人しかいない。
だけどゲーム。
書類関係の仕事や事務仕事がないことは時間効率がとても良く楽でよい。
資金100万円。プレイヤーLv.1。男性。
「あれ……支払いは……ですよね~ゲームだからあるわけないか」
久しぶりにすると実務とのギャップで遂予算案とか諸経費とか細かい雑費にも気が回ってしまうがいかんいかんと自分に言い聞かせ仕事のことを忘れゲームに集中する。どうしても仕事のことを考えるとあのくそじじい《部長》の顔を思い出して心が乱れてしまう。だからこそ如何にして忘れるかが今は大事なのだ。
『営業Lv.1 成功率20パーセント』『派遣事業Lv.1 成功率88パーセント』『チラシ配りLv.1 成功率100パーセント』最初のコマンドは限られていて成功率が高ければ高いほど報酬が少なく逆に成功率が低いほど報酬も高めに設定されている。そこは現実味があるのな、と心でツッコミを入れてとりあえず時間の許す限り操作していく。今のゲームは体力制で3分で1回復だったりと昔ゲーム機で遊んだ時とはシステム性が全くの別物。今日解放された新鯖だというのに上手いプレイヤーは日当報酬値15万円を既に超えている。やはり世の中お金で課金すればいきなり『営業Lv.3 成功率35パーセント 報酬10万円』などに最初から挑戦できるらしい。無課金プレイヤーはプレイヤーレベルと同じレベルまでの事業案件しか受けれないと実に現実味である。社会とは常に不平等で出来ているからだ。
「それにしても営業は最初から上手くいかない。当然だよな、顔も名前も知らない人からこれどうですか! など勧められていいですね! 買いましょう! 契約しましょう! と言う奴はほとんどいないからな」
新人の頃はよく顔と名前を覚えてもらうことを放棄して、いきなり高額な商品を売って結果を出すことばかりに目が行ってそれがドツボにはまり苦労したなと過去の自分に重ね堅実に結果を出すために鯖内プレイヤーの順位報酬欲しさよりも後先のことを考えたチラシ配りを選択してタップする。それから企業資金と収入を合わせ事業に必要なアイテムを購入しプレイヤーレベルを少しずつあげていくことにした。
やはりこの手のゲームは性格がでるよな、と一人ニヤニヤしながら進めていく。
幸い今は家の中で一人暮らし。
誰かに見られる心配はない。
「諸経費、維持費、設備維持費、雑費が一切かからない会社なんてどう転んでも大きくしかならないんだよな~」
やっぱり現実味がないな、と遊び始めて二時間ほどしたところで飽きが回ってきた。
やれやれ、と外を見れば気づけば夜。
お昼まで寝て、それから映画を見てゲームの一日は案外早いものだと感じた。
時刻は19時過ぎと普段ならお腹が空く時間だがゲームしながらのポテトチップスとポッキー&コーラ2Lがまずかったのか全然お腹が空いてない。
やれやれと首を横に振り、タバコを手に持ってベランダに出て火を付ける。
モクモクとした煙と一緒に胸の内にあるモヤモヤを吐き出す。
気休めだがないよりはマシだと思い、外の新鮮な空気を取り入れ心に
――。
――――。
はくしょん。
隣の住人の可愛らしいクシャミが聞こえた。
てかお隣さん居たのか。
いつも人の気配がなかったので気付かなかった。
きっと仕事が大変なのだろう。
いいなぁ~仕事があって……。
一応身体が冷えないように気を付けておく。
「まずい……よな、このままニートも」
自宅から見える夜景を見ながらベランダの手すりに身体を預けてそう言った俺は気づけば二本目のタバコに火を付けていた。
営業時代のコネを使いたくてもその辺は全て手を回されて頼れる人物はいない。
かといって学生時代からの友人なんていない。
当時は仕事に明け暮れ、友好関係を疎かにしたせいで友人が今は一人もいないからだ。
こうして心身療養生活をしている間もゲーム世界では資金を稼ぐための体力が回復しているが現実世界では食費と光熱費で徐々に資金難へと追い込まれている。
ゲームを止めてふとっ気を抜いた瞬間に襲ってくる現実の恐怖。
だからと言って就活するにも履歴書や職務経歴書すらまだ作っていない。
なんとかなる、と言う心の甘えだけならまだしも今まで蓄積してきた疲れが心に押しかかり中々モチベーションが上がらないのが現実。
「ゲームみたいに企業するにしても資金がない、ノウハウもない、コネもない、絶望しかない……はぁ~」
どうするものかと考えてみるが納得のいく答えはすぐにはでなかった。
管理職経験と経営者経験は別物。
管理職をしていたから経営ができるわけではない。
当然営業をしていたから管理職が最初からできるわけでもない。
それぞれの立場によって与えられた役目と使命が違う。
本当に一流の者はこの全てを経験しているから強い、そう思える。
ゲームのようにいきなり起業して成功なんてことは砂漠で一粒の金を見つけるほどに難しい。
だからこそ俺は悩んだ……今後どのような道を歩むのか。
そして――自分の心と向き合った俺は今日はこれ以上考えないように再びゲームの世界へと逃げ寝落ちした。
――。
――――。
「朝か……眠い」
チラッと部屋のカレンダーを確認する。
日付は4月26日。
昨日は給料日。そして29日後最後の給料日。この給料がなくなれば事実上俺は自己破産し今の家を出て生活保護に頼る生活になる。
それは非情にマズイ。
なにもせずにそこまで行くのは。
やることをやった結果がそれなら納得ができる。
だけどただゲームして破滅の日々を待ってましただけは……非常にまずい。
そう思った俺はとりあえずゲームにログインしてログインボーナスをゲットしてデイリー……なぜ手が勝手に動くのだ……仕方ない。
本能に従いデイリーミッションだけでもクリアすることにする。
そのままプレイヤーのレベルアップを兼ねて体力の許す限り事業案件をクリアして……なんとかゲーム内のお金は増やす事に成功する。
ゲームが一通り終わるとよほど集中していたのか着信が来ていたことに気付く。
「やべぇ……ゲームに集中して絶対目に入っていたはずなのに無視してるよ俺……」
しかも見知らぬ携帯からの着信。
職場では配布された携帯電話を使っていたのだが時折プライベートのスマホからも客先に電話を掛けていたのでその相手だと判断する。
引き継ぎはしっかりとしたが、先方に上手く伝わっていなかった可能性を考慮すれば最後の役目として今後は電話を掛けて来ないでください……ではなく諸事情で退職したことを伝えなければ申し訳ない。
プルルルル。プルルルル。プルルルル。
三コールした所で相手が電話に出た。
「先ほどお電話頂いた××株式会社営業課長代理の
「あっ、私です。先日助けて頂いた浅井です」
「すみません、少しバタついてて折り返しになってしまいました」
「……今お時間大丈夫ですか?」
あれ? 今の間はなに?
それに「嘘でしょ……」って聞こえた気も。
流石に気のせいだろうし、間も通信環境の問題だろう。
心に余裕がなくなるとすぐに相手のことを疑ってしまう。
冷静に考えればすぐにわかることも視野が狭くなると見えなくなってしまうのが俺の悪い癖であり、この癖を理解しているからこそ俺は常に客観的な視野で物事を再思考する術を見に付け今まで生きて来た。
これも過去の営業を通してお客様と心の距離を近づけるために学んだ処世術とも言える。
だからこそ、何度も言うが心に余裕を持つことが大事。と今も自分に言い聞かせることで相手との関係性を悪化させないように努める。
「はい」
「先日は本当にありがとうございました。突然ですが今日お時間ありませんか?」
「あります……けど一日暇人なので……」
「では夜にお会いしましょう。では失礼致します」
そのまま電話は切られた。
待ち合わせ場所も待ち合わせ時間も告げずにただ会いましょうと言う言葉だけが俺の耳に残った。
急いでかけ直すか迷ったが、電話越しに聞こえた音は間違いなく何処かの会議室の物だった。無理して電話に出てくれたのだろうと考えた俺は必要があればまた連絡があると思いゲームの世界へと戻ることにした。
――
――――。
今日も時間だけが過ぎていく。
「おっ! プレイヤーレベル5まで上がるとヤバいな『営業Lv.5 成功率55パーセント 報酬100万円』しかも30ダイヤで買えるアイテムを三つ使うと成功確率10パーセントアップとか効率めっちゃいいじゃん!」
無課金でも毎日ログインで200個もらえるダイヤと呼ばれる石。
これはプレイヤーレベルアップアイテムやプレイヤースキル獲得に使えたりゲーム内アイテム売買や営業成功率を直に上げることが可能な万能なアイテムと言える。ただし無課金ではゲットできる数に限りがあるので使い所は慎重にならなければならない。
よしよし、と調子が出てきたタイミングだった。
ピンポーン!
ん? 俺に友人はいないぞ?
新聞屋かな? 無視!
ピンポーン!
向こうも居留守って気付いているだろうし2プッシュはよくある話し。
ってことで無視!
ピンポーン!
ええい! 今いい所なのに。
仕方ない
現実世界で会話する相手がいない俺はゲームではなく現実世界のセールスマンと
絶対に負けないからな、と気合いを入れて玄関の扉を開けると、
「あっ……」
それが俺の第一声だった。
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