第2話「公爵、神託、出発」
もう”あれ”からどれほど時間が経つのだろうか・・
3?いや、4年か・・
”あの”日の事を思い出してると、ノックが部屋中に響いた。
「旦那様、傭兵団の方がお見えになっております。」
「ああ・・」
私が仮眠中であることを察してくれたのか扉越しで報告する執事の
”フィル”。
やる気も起きずベッドで横になったまま「通せ」と伝えるとガチャリと扉が空く事がした。
いくら傭兵だといえ、客人が来ているのにさすがに
そのまま横になってるわけにもいかず身体を起こした瞬間、フィルが少し焦った表情を見せ天蓋カーテンを閉めた。
「なんのつもりだ?」
「・・せめてローブでもいいので着ていただきませんか?お客様が
困惑しております」
男同士なのだから別に半裸でもいいだろう・・と思ったが
自分は”公爵 ”の身。最低限の常識は必要か・・・
はあと溜息を吐くと、怒ってると思われたのか傭兵がビクッと肩を震わせた。
「す、すみません!!また出直しやす!!」
「いい。そのまま報告しろ。」
「は、はいぃ!!」
傭兵の人が来たということは魔女の捜索の話だろう。
彼の話を聞きながらローブに袖に通した。
「魔女の捜索ですが・・すんません、今日も見つけられなかったっす」
やはり、魔女の捜索のことだったか。
連日で捜索をはじめて今日で14日目。騎士から傭兵、できるだけ人を集めて捜索をしてるというのに一向に見つけられそうにない。
陛下が直々に任せてきた任務だというのになんというありさまだ。
「見つけるまで帰ってくるな」
「え?いま何と・・」
これだから傭兵は。
所詮、雇ってお金だけで動く存在。だが、報酬は申し分ないはずだ。
報酬以上の働きを見せるのが”常識”だろう。
頭痛のせいなのか、いつも以上にイライラしているみたいで普段ならしないが客の前で舌打ちをしてしまった。
寝巻を着終わると、天蓋カーテンを勢いよく開け、
それを予想していなかったのか部屋に入ってきた傭兵が(また)ひぃッとだらしない声をあげた。
「契約は・・見つけるまで帰ってくるな。忘れたのか?」
「す、すんません!!連れてきた人の半分以上が魔物にやられてっ・・重傷者もいるんであれ以上の捜索は無理なんすよ!!」
私の目の前にたつ人は全員そうだ。
私が睨むだけで死にそうな顔をする。
こいつもうそう・・・すぐにでもここから逃げ出したいのだろう。
でも・・そうだな・・
”彼女”は違ったな・・
『あたたかい・・これがぬくもりなのね・・』
ズキッ
「っ!!」
「?!旦那さま!!」
またこれだ。
あの日のこと・・いや、彼女のことを思い出すと胸のあたりが握り閉められたかの
ような鈍痛が走る。
その痛みでふらつくと、近くにいたフィルが私の肩を支えた。
「大丈夫ですか、旦那様。」
「問題・・ないっ・・」
くそ、魔女め・・いったい私の体に何をしたんだ・・
ここ数年、魔女の捜索に力を入れてるのは陛下の体を蝕んでいた毒の解毒薬をくれたのがその西の森の魔女だからだ。
アリアス王国の国王陛下を助けたのにかかわらずなに一つ礼が出来ないのは王族としてのやることではない。
そうやって魔女の捜索が再び決まったのだ。
まあ、個人的に追っている理由もあるんだがな・・
この胸の痛み、あの日から決まったんだ。魔女に呪いをかけられたに違いない・・
「あ、あの・・」
「魔女の捜索を続けろ。」
「だから、重傷者が--!!「ほう。」
そろそろ腹が立ってきたな・・・
邪魔な前髪をかき揚げ、ベッドのすぐ横にある剣を手にした。
「この私の命令に逆らうと・・そう言いたいのか?」
剣を鞘に納めたまま傭兵の首に当て、それでゆっくりと・・横に向けてなぞった。
「逆らうということは、契約違反に該当する。」
契約に違反するということは?と彼に問いかけると、次第に額にだらだらと汗をかき、恐る恐る答えた。
「ま、前金を返す・・?」
「違うな。」
「ひ、ひぃッ!」
更に剣を喉ぼとけに押しつけた。
「今私たちがしてるこの任務は・・陛下からの命令。その命令を逆らうことになる。ここまでいったら分かるよな?」
「そ、それって--」
陛下の命令に逆らうことは侮辱罪に当たる・・
そして、侮辱罪に問われた暁には・・・死刑だ。
そこまでいったら分かってくれたのか、顔を俯かせしぶしぶ「はい・・」と答え、
部屋を後にした。
「ふん。」
「・・・よろしかったのでしょうか?」
なにがだと答えながら、剣を捨てるようにフィルに渡すとテーブルに置いてあった
水の入ったワイングラスを一機に飲み干す。
なんとなくだが、その後に続く言葉はだいたいわかる。
「失言があれば申し訳ございません。重傷者が多いとおっしゃっていたので・・無理に捜索を続けようとすると返って悲惨な結果になるのでは?」
フィルの意見はごもっともだ。
万全な状態で仕事をすることは、一人前の大人として基本中の基本・・・
しかし、フィルはどうやら・・誰と話しているのか忘れているようだ。
改めて、気づかせる必要があるようだな・・・
「10だ。」
「・・といいますと?」
「今まで私が参戦した戦の回数は10だ。」
結局が何が言いたいのか分からず、彼は少し考えたあと首を傾げた。
「そして、私が勝って・・・実際に功績を残した戦も10回だ。」
「!なるほど・・これは失礼いたしました。旦那様の判断を疑うような発言・・大変申し訳ございません。」
成人をする前から剣を握っていた私は、誰よりも戦の経験があると思っている。
そして、戦に参加し身についた能力の一つは・・”信頼に足る人物”の見分け方だ。
今回依頼した傭兵団は残念ながら・・そうではない。
「構わん。あの傭兵団は少しでも金は多く貰うために、重傷者が出たと嘘をついて期間を伸ばそうとする輩だ。」
今回はさすがにやらないのだろうと思ったが・・
蜜の味を知ってしまった以上抜け出すことは難しい。
その言葉はどうやら本当のようだ。
先ほどの言葉が嘘か本当かは分からないが、少しでも痛い目を合わねば学ばないのが人間だ。
「・・そんな傭兵団にでも依頼をしなければいけない程、人手が足りてない・・とういうことですか?」
「ああ、悔しいがそうだ。」
魔女の捜索にこれほど手こずるとは思わなかったのが本音だ。
少し甘くみていた部分もあった。
私の経験ではすぐにみつかるはずだったんだ・・
あの日のように・・私は森に入って30分もしないうちに見つけたのだから。
『少し・・貴方のことを触ってもよろしいかしら?』
これが”解毒薬の代価”だなんて誰も思わなかったのだろう・・・
『これが・・ぬくもりなのね・・』
脳裏に蜜のように絡みつく・・・
甘くて・・
心地の良い凛とした声・・・
彼女が私の頬に触れた時、手首から私好みのいい匂いがしたことは
今でも覚えている。
そして。
ズキッ
「うっ!」
「旦那様!?」
また胸が苦しくなった。
フィルが慌てて支えようとするが、彼に心配かけまいとすぐにソファに腰を掛けた。
ああ・・胸が痛くなるのは匂いと声を思い出した時だけではない。
水に移る月のように澄んでいてかつ儚い瞳に・・
私と目を合わせた途端赤く染まる頬・・
彼女の顔を思い出すと胸が締め付けられる。
どうやら私は本当に・・・
「呪われたみたいだ・・・」
すぐにでも見つけて、解いてもらわないと困る域に達してしまっているな・・
前髪をくしゃりと握り、ふっと笑みを零した。
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ヴィクトル・リチャードソン。
二つ名”
人々は彼をそう呼ぶ。
元は平民で当時の騎士団団長に剣の腕を買われ、養子として迎えられたのがはじまりだった。
そこから彼は戦場で様々な功績をあげ、国王から公爵の爵位を与えられてから
知る人ぞ知る名高い公爵になった。
しかし、欲しいものの為なら手段を選ばない、冷徹で残酷な人だという噂もあり彼を恐れる人の方が多かった。
そんな彼は・・・一番最初のの魔女の捜索に加わった一員であり・・
唯一・・・私と接触がある人だ。
「こ、こんな人だったなんてぇー・・・・」
恐怖、後悔全ての負の感情が一気に押し寄せ、耐え切れなかった私はその場にしゃがみ込み涙を流した。
トールくんからの説教を受けた後、アップルパイを焼き(?)
セフィナが集めてきた情報を聞くことにした。
まずは現時点で魔女の捜索を指揮っている公爵の話からはじまった。
そう、あの日食の日にこの家に来た男の話である。
『キトスの毒の解毒薬が欲しい。どんな代価でも払う。』
本当なら私とトールくん達以外誰も入ることの出来ないこの空間に、どういうわけか彼は突然現れ、私をみるなり発した言葉はこれだった。
キトスの花から出来た毒がおーさまの体を蝕んでいるらしく、その解毒薬を求めに来たそうだ。
ちなみこの時私は、”魔女”に対する噂を知らなかったため、代価の意味もよく分からなかった。
だけど、それ以上深堀をせず・・(本当は男性と一対一で話した事がなかったから馬鹿みたいに緊張して頭が回らなかっただけ)
丁度キトスの花の毒を研究しその解毒薬を作るのに成功して・・・
それで、いろんな疑問が頭の中で浮かんでいたけど・・なんの躊躇いもなくすっと解毒薬を彼に渡した。
それが良くなかったようで・・・
『!!!すぐに出すこともできるのか・・さすが噂の魔女だな』
いや、たまたまなんですけどね???
さらにこの後に続くやり取りで私はとんでもない間違いを犯してしまったようで・・・
『どんな代価を払えばいいんだ?金か?』
わけも分からず大量な情報で脳がパンクし、そのせいで私はとんでもないことを言い出してしまったのだ。
『貴方のこと触ってもいいかしら?』
この言葉のせいで・・・・更に噂が広まったんだ。間違いない。
だって、いかにも魔女っぽいじゃん?!
過去の過ちを思い出し悶絶しているとアップルパイを優雅に食べていたセフィナとトールくんは呆れた顔をこちらに向けてきた。
「とんでもない相手にとんでもない事を言うとか・・さすがだぜ、主。」
「うふふ~さすがですねぇ~」
「っっ~!!!」
手で顔を隠し、静かに叫んだ。
「ふう・・と、とにかく!」
叫んだり、暴れたり(?)したらすっきりしたのか改めて話を戻すことにした。
「ヴィクトル・・様?はほぼ黒だと思うわ」
彼と会った夜丁度フードを被っていたが、目が合ったうえに距離も近かったから顔を見られていることはほぼ確定。
「向こうに・・もぐもぐ・・行くときは一番警戒するべきだなー・・
うんまっ」
トールくんめちゃくちゃ美味しそうに食べてますけど・・一応真面目な話してますよー・・?
そんな言葉を口にすることはなく、次の話題に移った。
もう一つの情報は”神託”に関することだった。
私が長年待っていた・・無くした記憶の手がかり!
この事だけは何年かけて調べても分からなかったからすごくうれしい。
期待とちょっとした不安で胸が騒がしくて、
その騒がしさを抑え込みように胸をぎゅっと握りしめ、セフィナから詳しい話を伺った。
数少ない神力者が集い女神を称え、神力に関する研究をする集団。
それが聖シベリア教会。
そして、聖シベリア教会の一員である神力者の上に立つもの・・
最も女神に近い存在だと言われている神官長。
その名は”セシル・ルツ・トリストラム”
彼は神力で不可能とされたことを可能にした人物。
その”不可能”は・・永遠に生きる事ができる力、”不死”の力を手に入れ、百年以上
生きてきたそうだ。
そんな神官長が女神様に近い存在だと言われている理由はもう一つ。
神託。神の言葉を聞くことができる。
神官長は神託を聞き、それに従う事で世界をあらゆる困難から救ってきたらしい。
そして、今回の神託はこうだ。
『神力を持つ、白髪の少女を探し、災いの種を取り除け』
・・・・・?????
「まるで、あるじの事ですねぇ~もぐもぐ」
神力を持つ、白髪の少女・・・・
「え、私の事じゃん。」
「・・・」
トールくんはショックを受けたのか、さっきまで進んでいたフォークがぴたりと止まり、口を開けたままセフィナの方を向いている。無理もない。
記憶を探す手がかりになるかなって思ったのに・・・・災い?取り除く?
頭が痛くなる話だ。
借りに災いの種を取り除くのが私だったとして、ど、どうやってやるの?神力の研究を何年か続けてきたけど世界を救うほど大きい力なんて持っていないなった。あったなら普通に気づいてる。
「神官長さまはぁ、あるじを教会に呼ぶために公に発表することにしたんじゃないかなぁ~、町、大騒ぎだったんだよ?」
!
さすが、セフィナ・・く、口調があれだけど・・
そうだ、神託は本来ならこの世の理をひっくり返す事ができる程の大きいな力を持っている。不可能を可能にする力だ・・・
神託でおーさまを殺害しろと言われたら、いくらおーさまでもその運命を受け入れなければならない。だって神の言葉だから。
「私を呼ぶため・・・」
そうだ、それが狙いに違いない。
しかし、問題はそれに答えるべきなのかどうか。
記憶を探したいのに、これに答えてしまったら・・もしかしたら、教会に閉じ込められるかもしれない。災いの種を取り除け。と言ってるのだから、きっとなにか・・
大変なことをしないといけなくなるんだ。
そのせいで今ある平穏な生活に二度と戻れないのかもしれない・・
それがどうしても・・こわい・・
うーんと頭を悩ませているとトールくんから意外な言葉が出てきた。
「行くしかねぇだろ?教会。」
「ほぇ?」
意外だったせいで、思わず馬鹿みたいな声が出た。
トールくんが一番最初に反対するのかと思った。危ない!とか怪しい!とか言って、止めてそうなのに・・
「ほえ?じゃねえよ。これがデマじゃなくて本当に神託だったら、行く以外の選択肢はない。俺たち精霊は女神様のおかげ生きているんだ。
そんな素晴らしい方に呼ばれているのに光栄だと思わねぇのか?」
確かに・・と納得していると、彼は更に続けて言った。
「しかも、あるじの残った記憶にも神託って言葉が出てきたんだ。
これ以上の手がかりはねえ・・・で、でも、主をおびき寄せるための罠だったらそんなカス俺たちで蹴っ飛ばすから安心しろ!」
そういって彼はにかっと歯をみせて笑った。
その言葉に感動していると、アップルパイを食べるのに集中していたセフィナを私の手のひらに乗り、薬指をぎゅっと抱きしめてきた。
「セフィナもぉ、あるじのこと守るよ!」
「!セフィナまで・・・」
そう、私には頼りになる友達がいるんだ。
忘れかけていたことを改めて思い出し、悩んでいたことがなくなった気がして
心の中で決心した。
「セフィナ、トールくん。」
「「ん?」」
ひとりずつ、彼らの頭を撫でた。
「こんな主だけど・・・一緒に王都まで、いや…記憶を探す旅に・・付いてきてくれるかしら?」
「「・・ぷっ・・」」
ぽつり、ぽつりと絞るように伝えると、二人はお互いの顔をみて笑い出した。
「な、なによ・・」
「だってぇ、当たり前だもん。」
「ヴィクトル?とかの事で色々大変かもしれねぇけど・・主がどこに行こうと、
俺たちはついてくぜ!!な?」
その言葉に、セフィナはうんうんと頷いた。
どうやら、私はみんなとの絆を甘くみていたらしい・・
彼らの言葉でうれしくなり、思わず涙目になるがそれをぐっとこらえて、ごまかすように近くのアップルパイを口に運んだ。
「もぐっもぐ・・最初の目的地は・・もぐっ王都!!」
その言葉にセフィナ達は律儀にはーい!と元気よく答え、旅に持ってくる物やなにで行くのかについての話をし出した。
こうして、私はいろんな感情を胸に9年間お世話になった店と・・
紅茶と本と薬草の匂いがするこの家から・・
しばらくの間離れることにしたのである。
しかしこの時、クリスティアナはこの旅がどれ程辛く、苦しいものになるかなんて・・
知る由もなかった・・
ーー聖シベリア教会にてーー
「神官長さま・・だ、大丈夫ですか?・・」
王都のど真ん中に経つこの立派な塔は聖シベリア教会。
王様の次に偉い存在である神官長がの城と呼ばれており、9人の神力者の住まい
または職場でもある。
礼拝堂に異変を感じた神力者が急いでいくと
そこには神官長セシルが女神像に向かって跪き、手を合わせ”泣きながら”祈っていたのである。
「我の呼びかけに答えてくれたか・・美しき白髪の少女よ・・」
そう呟くと、絹でできた真っ白なローブの袖で涙を拭くと祈りに戻るセシル。
「我はここで君のことを待っているよ・・何年も何百年も・・」
駆け寄った神力者の前に広がる光景があまりにも異常だったのか残りの仲間を呼び、神力者10人で焦りながらも一緒に祈っていたことは・・・また別の話である。
本と紅茶と薬草~無くした記憶のその先~ shiguです @shigureshigu3
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