第33話 ふわふわ

 オリビアに抱っこされた俺は、わくわくと抑えきれない気持ちと共に、魔獣が運び込まれたという騎士棟付近の開けた空間に向かっていた。


 普段は騎士たちの訓練にも使用される場所である。


「魔獣! 魔獣! でっかい魔獣」

「少しは落ち着いてくださいよ」


 苦い声を出すオリビアは、俺を宥めるように背中を撫でてくる。だが、落ち着いている場合ではなかった。


 ちなみに、ユナは部屋に置いてきた。あいつは下級魔獣だからな。でっかい魔獣相手には、ビビってしまうかもしれない。可哀想なので、置いてきたのだ。


 広場に到着すると、周囲には騎士の姿がたくさん見えた。魔獣がいるらしき場所はわかったが、人が多くてよく見えない。おまけにオリビアも立ち止まってしまい、それ以上前に行く気配はない。もしやこいつ、俺に魔獣見せるつもりがないのか?


「もっと近くに行って」

「危ないですよ」

「副団長! オリビアのことどうにかしてぇ!」


 すかさず隣の副団長に助けを求めるが、副団長はそっと俺から視線を外してしまう。なんて奴だ。


「おろして」


 こうなったら自分で行くだけだ。おろせと騒いでやれば、オリビアが露骨に嫌そうな顔をした。


「はいはい。わかりましたから」


 そうしてようやく観念したのか。ゆったりとした足取りで広場の中央へと足を向けるオリビア。それに気が付いた周りの騎士たちは、道を開けてくれる。おそらく、俺のことを見て離れて行ったんだと思うけど。


「え、テオ様!?」


 魔獣の近くで見張りをしていた騎士たちが、俺の姿をみとめて目を丸くしている。だが、側にいる副団長が何も言わないので、口出してはしてこない。


 首を伸ばして確認すれば、ようやく見えた。


 広場の中央。縄で捕えられたでっかい魔獣が、横たわっていた。


 どうやら気絶しているらしい。目を閉じて動く気配はない。だが、呼吸に合わせて微かに体が上下しているので、生きてはいる。見たところ、外傷はないようだ。


「ライオンみたい」


 ぼそっと呟けば、オリビアが「そうですね」とやる気のない返事を返してくる。


 この世界には、魔獣と普通の動物も存在する。流石にライオンは見たことないけど、書物には普通にその存在が記されている。オリビアも、ライオンには会ったことがないと言っている。


 目の前の魔獣は、そんなライオンを毛むくじゃらにしたような見た目であった。でっかい毛玉だ。色は茶色っぽい。


「ふわふわしてる。触りたい」

「ダメですよ」


 俺を抱っこしたまま、ライオンに背を向けてくるオリビアを頑張って引き止める。


「ちょっと触るだけ。寝てるからいいでしょ?」

「見るだけって約束でしたよね」

「そうだけど」


 実際に見ると、触りたくなる。すごくふわふわ。あの上でお昼寝したい。


「副団長ぉ。あのライオン触りたい」

「それはちょっと」


 危ないですよ、と言い聞かせてくる副団長も厄介だった。俺は少し触れれば満足なのに。ケチ。


「あー、俺のもふもふがぁ」

「別にテオ様のものではありません」


 律儀に訂正してくるオリビアは、嫌な奴である。こっちは七歳児だぞ。手加減しろ。


 しょんぼり肩を落とす俺。


「おい、オリビア」


 そんな時である。オリビアと副団長に、遠くから声をかける者がいた。騎士団の団長さんだ。団長に声をかけられたオリビアは、わかりやすく表情を引き締めている。


「ちょっといいか」


 団長に手招きされている。仕事の話があるっぽい。俺のことを地面に下ろしたオリビアは「いいですか、テオ様。ここから動かないで。大人しくしていてくださいよ」と言い置いて団長の元へ走って行ってしまう。その際、近くにいたエルドに「テオ様を見ておいてくれ」と声かけしていたが、エルドは忙しいのか、生返事をしただけで流してしまう。副団長も、オリビアに続いて団長のもとへと行ってしまった。


 なんだろう。すごくチャンスだ。突然訪れた自由に、目を瞬く。


 きょろきょろと周囲を見まわす。誰も俺に注目していない。そろそろと、ライオンもどきの方へと足を進める。


 みんな仕事に集中していて、俺のことは気にしていない。とたとた走って、ライオンの前にまわり込む。


 すやすやお休み中のライオンさんは、起きる気配がない。じっと顔を凝視するが、のんびり寝ている。魔法か何かで眠らせたのだろうか。


 一応周囲を確認してから、意を決する。


 ぎゅっと拳を握りしめてから、そろそろと手を伸ばす。ライオンの頭にそっと手を置いてみた。ふわふわだ。すごくふわふわだ。


「おまえ、ふわふわだな」


 わしゃわしゃ撫でてみるが、目を覚ます様子はない。ちらっと背後を確認するが、誰も俺のことを見ていない。ライオンもどきが気を失っているから、騎士たちも油断しているのだろう。こういう時、小さい子供の体は便利だ。ライオンの陰に隠れて、俺の姿は見えないらしい。


「ふわふわライオンもどき」


 目を覚さないのをいいことに、ぎゅっとライオンに抱きついてみる。ユナは小さい猫だから。こっちの方が大きくていいな。ペットにしたい。

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