第32話 約束した

 騎士団が魔獣を捕まえた後、一旦エヴァンズの屋敷に連れ帰ってくる。その騎士たちは、先程出動して行ったばかりなので、帰ってくるのはもう少し先になりそうだ。


 そわそわと落ち着きなく室内を歩きまわる俺。対するオリビアは、魔獣を見てもいいと言ったことを少し後悔しているようであった。


「テオ様」

「なんだ、オリビア」

「次はなにをして遊びましょうか。屋敷内の探検でもしましょうか」

「いまさら屋敷を探検しても楽しくない」


 もう七年も住んでいる屋敷である。いまさら見てまわるところなんてない。


 どうやら俺の気持ちを他に向けて、魔獣のことを忘れさせたいらしい。誰が忘れるものか。念願のでっかい魔獣だ。絶対に見ないと気が済まない。


「生け捕りにするとは限りませんよ」

「それでもいいよ」


 魔獣を生け捕りするのは難しい。大抵はその場で討伐してしまう。だから今回も、生きた魔獣を見ることができるとは限らない。それでもいいと言えば、オリビアは目に見えてがっかりする。そんなに俺に魔獣を見せるのが嫌なのか? 俺が一体なにをするっていうんだよ。


「たとえ生け捕りにしたとしても、魔獣が危険であることに変わりはありません。迂闊に近寄ったり触ったりしないでくださいね」

「はーい」


 オリビアの立場的に、俺が怪我をすると間違いなく彼女の責任になってしまう。心配せずとも、危険なことはしない。だから大丈夫と元気に手をあげておくのだが、オリビアは疑いの目を向けてくる。


 そうこうしているうちに、騎士団が戻ってきた。ルルの報告を聞いて、真っ先に庭に駆け出そうとする俺の首根っこを捕まえて、オリビアは渋い顔だ。


「私の言うことをきくって約束しましたよね」

「しました」

「よろしい。では走らない」

「はーい」


 ゆったりとした足取りで庭に向かうオリビアは、明らかにやる気がなかった。本音では、俺を魔獣に近づけたくはないのだろう。だが、約束は約束だ。


 庭に出て、騎士棟方面へと向かう。すでに魔獣を運び込んだ後らしく、戻ってきた騎士たちの姿がちらほら見える。特に騒ぎになっていないところを見るに、そこまで苦戦はしなかったらしい。


「テオ様」

「あ。副団長」


 そんな中、俺の方へと大股で寄ってきたのは、副団長のデリックだ。


「申し訳ありませんが、今はちょっと」


 騎士団には近寄るなと言いたいらしい。オリビアに目線で訴えかける副団長は、俺の前に立ちはだかって動く気配がない。


「オリビアが、魔獣見てもいいって言った」

「え」


 絶句する副団長は、オリビアへと責めるような視線を向ける。それを受けて、オリビアは気まずそうに顔を背けている。


「てっきり討伐してくるかと。生け捕りにしたんですか?」


 オリビアの問いかけに、副団長は小さく頷く。

 どうやら生きたまま魔獣を捕まえてきたらしい。それを知って、俺のテンションが爆上がりする。


「生きてる魔獣! 見る! 触る!」

「触ったらダメです」

「俺のペットにする!」

「絶対にいけません」


 いちいち否定的な言葉を挟んでくるオリビアに構っている暇はなかった。わぁっと勢いよく駆け出す俺。しかし、騎士ふたりは手強い。


 さっと俺の前にまわって、進路を妨害してくる副団長。避けようと奮闘するが、最終的には両肩を掴まれて動きを封じられてしまう。


 オリビアも、「やはりやめましょう」とか嫌なことを言い始める。


「また今度、魔獣が出た時ですね。いくらなんでも生きている魔獣は危険です」

「いやだぁ! 生きてるのがいい!」


 オリビア的には、すでに息絶えた魔獣なら見せてもいいという考えらしかった。その方が、絶対に安全だと言い張っている。だが、俺は生きている魔獣を見たい。どうしても。


 見たい見たいと大声で騒げば、聞きつけたらしい騎士たちが何事かと集まってくる。それに「散れ!」と鋭く怒鳴りつける副団長は、ちょっぴり怖かった。いつもは優しい一面しか見せないのに。副団長の怒声にビビって黙り込むと、オリビアがすかさず俺のことを抱き上げてしまう。


「おろして」

「この状態で、遠目から見るのであれば」

「いいの?」

「そうですね」


 考えた末に、「これでいいよ」と頷く。

 信頼されていないようで少し不満だが、遠目であっても魔獣を観察できるのは嬉しい。早く行こうと急かせば、オリビアと副団長は顔を見合わせて、諦めたように首を振った。

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