第31話 言うこときく

 オリビアは、とても面倒くさそうな表情で俺の相手をしてくる。はっきり言うと、エルドと遊ぶ方が楽しかった。あいつはすごくノリノリで遊んでくれた。俺のことを手放しで褒めてくれた。すごくいい気分で遊べた。対するオリビアは、冷たい目だ。俺の絵を見た時には、少し褒めてくれたのに。その後は俺がなにをしても、どこか不満そうな表情である。


 オリビアは俺と遊ぶより、俺に剣術や勉強をさせたいらしい。態度で丸わかりだ。だが、お断りである。剣術なんて楽しくないし、勉強はもっと楽しくない。俺は、楽しいことがしたいのだ。


「オリビア。ルル呼んで」

「ルルですか?」


 いいですけど、と小首を傾げたオリビアに呼ばれて、隠れていたルルが渋々といった様子で姿を現す。ちっこい鳥を目に入れた瞬間、俺は全力で追いかける。ルルは、バタバタと羽を動かして、一生懸命に逃げている。すかさず、オリビアが俺の首根っこを掴んで制止してきた。遊びの邪魔をするんじゃない。


「ルルをいじめない」

「いじめてない。一緒に遊ぶだけ」

「追いかけまわしたら可哀想でしょう」

「そう?」


 ルルだって、俺と一緒に遊べて楽しいはずである。楽しいよね、とルルに詰め寄れば、ルルはオリビアの肩にとまって『いや、まったく』と吐き捨てた。性格の悪い鳥だな。口も悪いし。愛想がなさすぎる。


 それにしても、いつもはまだ訓練に没頭している時間である。俺が屋敷裏に行ったくらいで、彼女が訓練を切り上げてくるなんて珍しい。騎士団の方はいいの? と問いかけてみれば、オリビアは小さく頷いた。


「訓練自体が中止になったので」

「なんで?」

「どうやら街に魔獣が出たようで」

「え!」


 魔獣が出たの? それってでっかい?

 そわそわと確認すれば、「おそらく」という曖昧な答えが返ってくる。


 先日俺が訪れた街。あそこに魔獣が出れば、まず真っ先にエヴァンズ家の騎士団が駆けつける手筈になっている。王立騎士団を待っていたのでは、手遅れになるからな。


「オリビアは! 魔獣退治行かないの?」

「えぇ。私の仕事はテオ様の護衛なので」


 安全のために、万が一を考えて俺の側に居るらしい。団長副団長率いる騎士たちが、今まさに街で魔獣討伐をしている。そう聞いて、じっとしていられる俺ではない。シャキッと立ち上がって、オリビアのことを見据える。


「俺も見たい」

「ダメです」

「ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから見たい」

「いけません」

「ケチぃ」


 街へ連れて行けと主張してやるが、オリビアはすっと目を細めるだけでいいとは言わない。


「オリビアが居れば大丈夫だもん」

「私が居てもダメです。魔獣が居るとわかっているところに、テオ様を連れていくわけにはまいりません」

「えーん。えーん」


 これみよがしに泣き真似してみるが、オリビアは怖い顔である。ケチ。


「じゃあ、捕まえた魔獣みたい」

「それは」


 騎士たちが魔獣を討伐した後は、だいたいいつも騎士棟近くの広場へと持って帰ってくる。倒した魔獣を、そのまま街のど真ん中に放置しておくわけにはいかないからな。


 ものによっては、生きたまま捕まえてくることもある。どちらにせよ、でっかい魔獣を間近で見てみたかった。


 お願い、と両手を合わせてみれば、オリビアは困った顔になってしまう。


「オリビアの言うことちゃんときくからぁ」

「本当ですか?」

「うん。本当」


 ここで彼女に逆らっても、いいことはない。こくこく頷く俺に、オリビアは悩むように視線を彷徨わせている。


 でっかい魔獣は危ないが、騎士たちが討伐したものであれば危険はない。生け取りにした魔獣でも、騎士たちがきちんと見張っていれば問題はない。俺が魔獣探しの名目で、勝手に外出するのが嫌なのだろう。これで満足してくれるのならば、少しくらい見せてもいい気がする。そんな彼女の悩みが、垣間見えた気がした。


 やがて、オリビアは俺の両肩に手を置いた。屈み込んで、俺としっかり目線を合わせてくる。


「私の言うことに、きちんと従えますか」

「うん」

「勝手に魔獣に触ったりしない?」

「うん。触らない」

「約束ですよ?」


 その言葉に、わーいと両手をあげる。

 念願のでっかい魔獣を見ることができるのであれば、それでよかった。やったぁと大袈裟に喜ぶ俺を見て、オリビアが深々とため息を吐いた。

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