第30話 得意なこと

 一生懸命ユナの絵を描いていれば、バタバタと慌ただしく扉が開いた。飛び込んできたのは、オリビアだ。彼女が慌てるなんて、珍しいこともあるんだな。


「ごめん、エルド。助かったよ」

「いいよ、いいよ」


 入室するなりエルドに謝罪するオリビアは、肩で息をしていた。よほど慌ててやって来たらしい。


「テオ様。屋敷裏で遊んではダメですよ」


 エルドに対しては優しい声で話していたくせに。俺を見据えるなりキリッと眉を吊り上げるオリビアは、偉そうに腰に手を当てた。


 それにしても。たった今やって来たオリビアが、なんで俺が屋敷裏で遊んでいたことを知っているのか。考えてすぐに思い至った。あのちっこい鳥、ルルの仕業に違いない。姿が見えないと思っていたが、どうやら陰でこっそりと俺のことを見張っていたらしい。


 俺が屋敷裏に足を伸ばしたのを目撃して、オリビアに告げ口に行ったのだろう。相変わらず卑怯な鳥である。今度あったら文句のひとつでも言ってやらないと気が済まない。


 ルルの報告を受けたオリビアは、多分その時すごく忙しかったのだろう。それで、自分の代わりにエルドを行かせたのだ。そこまで考えて、俺はムスッと頬を膨らませる。エルドは気の合うお兄さんだと思っていたのに。どうやら上手いこと言って俺のことを屋敷裏から引き離しただけらしい。なんて策士だ。


「エルド! おまえは誰の味方なんだ!」


 ビシッと指を突きつけておく。困ったように頬を掻くエルドは、苦笑するだけで質問に答えない。俺の味方ではないということだ。ちくしょう。


 だが、いいだろう。エルドと遊ぶのは楽しい。また暇があれば、一緒に遊んでやってもいいと思う。オリビアよりも愛想がいいし。


「見て、エルド」


 ペンを置いて、エルドに成果を披露する。結構上手に描けたと思う。紙を覗き込んだエルドは、「お!」と目を細める。


「さすがテオ様ですね。特徴を上手く捉えていますね」

「そうだろう」


 我ながら上手く描けた。得意になった俺は、話が見えずにぼんやりしているオリビアにも、披露してあげた。


「見て、オリビア」

「それはユナですか? お上手ですね」

「そうだろう。俺、絵描くの得意」


 ふんっと胸を張る俺から紙を受け取って、オリビアは珍しく褒めてくる。テーブルの上でのんびりしていたユナも『意外と上手だね』と褒めてくる。


 俺はお絵描き得意。


「それじゃあ、テオ様。俺は仕事がありますので」

「ばいばい」


 忙しいというエルドに手を振って別れる。部屋には、俺とユナ。そしてオリビアが残る。


「屋敷裏には行かないでください」

「はーい」

「本当にわかっていますか?」


 そんなに心配しなくても。屋敷裏は薄暗くて、何も楽しいものはなかったからもう行かない。


「オリビアは? 訓練はもういいのか?」

「はい。今日は終わりです」

「ふーん」


 そう言って、オリビアはため息をつく。人の顔見てため息なんて、失礼にも程があると思う。


「そういえば、街に行きたいと」

「うん」


 兄上に聞いたのだろう。街は危ないですよ、と言い聞かせてくるオリビアには、遊び心というものが足りないと思う。


「オリビアと一緒にお出かけしたい」


 ちょっとは彼女の顔も立ててやろうと思いついて、そう口に出す。怪訝な顔をするオリビアは、疑いの目だ。


「前に街へ行った時に、気に入ったパン屋があるとか」

「うん。オリビアも一緒に行こう」

「テオ様。パン好きでしたっけ?」

「うん。好き」


 パン美味しいと繰り返しておけば、オリビアが腕を組む。非常に偉そうな態度である。俺も負けじと眉間に力を入れてみる。


「そのパン屋に、優しいお兄さんかお姉さんでも居ましたか?」


 ひぇ、バレてる。なんでや。

 へらっと笑って誤魔化そうとするが、オリビア相手には無理だった。


「知らない人にはついて行かないって何度言わせるんですか!」

「知らない人じゃないもん! 友達になったもん」

「屁理屈言わない!」


 怒鳴りつけてくるオリビアに、首をすくめる。「まったく。優しい人にはすぐついていくんだから。警戒心というものがないんですか」と文句を言うオリビアは、不機嫌モードであった。優しい人には、普通についていくだろう。それがお姉さんであれば、なおのこと。


 クレアのことは秘密にしておくはずだったのに、オリビアは鋭かった。こいつの勘はどうなっているのか。兄上にパン屋のことを話したのは失敗だった。兄上め。すぐオリビアに告げ口するんだから。


 俺がパンに興味を持つはずがないらしいと失礼な推理をしてみせたオリビア。文句のひとつでも言ってやりたいが、俺が優しいクレアにのこのこついて行ったのは事実だ。墓穴を掘りそうな気がするので、反論はせずにひたすら黙っておいた。

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