第29話 仕事ができた

 じっと待つことさらに数分。

 俺は完全に飽きていた。ただただ無駄な時間が流れる。紐の端を握って、欠伸をかみ殺す。


 ついには眠気が襲ってきて、目を閉じてはハッと起きるということを数回繰り返す。隣のユナは完全に寝ていた。体が微かに上下に動いており、のんびりお昼寝中だとわかる。


 今のうちに帰ろうかな。


 俺はユナにバカにされるのが嫌なだけだ。どうしても何かを捕まえたいという気持ちは、暇すぎてどこかに行ってしまった。ユナが寝ている今、こっそり逃げ出せば有耶無耶にできそうな気がする。そうしてユナを起こさないようにと静かに距離をとる。立ちあがろうとしたところで、「あれ?」という気の抜けた声が聞こえてきた。


 その声につられるようにして顔を上げれば、見知らぬ男がこちらへと近づいてくるところであった。


「テオ様じゃないですか。ダメですよ、屋敷裏で遊んだら。ここは人通りが少なくて危ないんですよ」

「……誰?」

「え。あ、はい」


 よく見ればうちの騎士服を着ている。ということは騎士だ。


 二十代くらいの若い男である。癖のある茶髪に大きな目。人懐っこい雰囲気の好青年だ。エルドと名乗った男は、周囲を見渡してから、俺の仕掛けた罠に目をとめた。


「あれは?」

「俺が仕掛けた罠」


 なんにも捕まえられなかったけど。

 俺の落ち込む姿を見たエルドは、なにを思ったのか。地面で呑気に眠るユナを抱え上げるとそのまま罠に近寄っていく。突然、持ち上げられたユナがびっくりしたように目を覚ましている。


『え、なに。誰』


 エルドを振り返って耳を立てるユナは無力であった。あいつ魔獣のくせに、マジで何もできないな。知らない人に捕まったんだぞ。素早く逃げ出すくらいしてみろよ。


 エルドは、状況が飲み込めずにぼんやりしているユナを罠の中に配置すると、俺の方を振り返って「今ですよ、テオ様」と指示を出してくる。言われた通りに紐を引く。棒が外れて、カゴが落ちる。見事ユナを捕獲することに成功した。


「さすがですね、テオ様」


 ぱちぱちと拍手するエルドは、よくわからないが全力で俺に忖度していた。だが、褒められて悪い気分にはならない。ふふんっと胸を張ってドヤ顔しておく。


 カゴの中では、ユナが『なにこれ。いじめ?』とぶつぶつ言っている。


「これはテオ様が考えたのですか?」

「そうだよ」

「よく思い付きましたね」

「まぁね」


 すごいすごいと手放しに褒めてくるエルドは、とてもいい人だ。すごく気に入った。俺のことをバカにしたような目で見下ろしてくるオリビアとは大違いだ。俺の護衛は、エルドでもいいと思う。


「さぁ! せっかく捕まえた猫ちゃんです。逃げられないうちにお部屋に連れて行きましょうか」

「うん!」


 華麗な動きでカゴにユナを乗せたエルドは、それを俺に手渡してくる。受け取って、エルドと共に急いで自室に戻る。カゴの中では、ユナが不服そうな顔をしている。


『誰なのさ。この人』

「うちの騎士」

「エルドです。よろしくね」


 ユナにも律儀に挨拶するエルドは、いい人であった。俺の友達に認定してあげてもいいくらい愉快な人だ。


 そそくさと自室に戻れば、エルドがユナをカゴの中から出してあげる。床に下ろされたユナは、慌てたようにエルドから距離をとっている。知らないお兄さんのことを警戒しているらしい。


「そうだ、テオ様」

「ん?」

「せっかく捕獲した魔獣です。記録しておきましょう」

「記録?」


 首を捻る俺に、エルドは騎士団では討伐した魔獣に関する報告書を作成する仕事があると教えてくれた。


 いつどこで、どのような魔獣を討伐したのか。今後のためにも逐一記録しておくらしい。


「なるほど」

「記録しておけば後々重要な資料になりますからね」


 どこからか紙とペンを持ってきたエルドは、それをテーブルに並べる。そしてユナを鮮やかな手付きで捕獲してテーブルの上に乗っけてしまう。


「さぁ、どうぞ。テオ様」


 エルドに促されるままに、俺はペンを握って視線を紙に落とす。目の前でふてくされたように半眼になるユナを観察して、じっくりと絵を描く。


 真剣に絵を描く俺を横目に、ユナはエルドを見上げていた。


『どこの誰だか知らないけど。子供の扱い方上手過ぎでしょ』

「いやぁ。昔から弟の面倒を見ていたからね」


 何やら楽しそうにふたりで会話しているが、それどころではない。


 俺は今、捕獲した魔獣にゃんこの報告書を書くという重要な仕事ができたのだから。完成したらオリビアと兄上に見せてあげようと思う。絶対褒めてもらえるに違いなかった。

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