第28話 罠

『何してるの』

「今いいところだから静かにして」


 俺は今、とても真剣だった。自室にて、ケイリーに用意してもらった大きめのカゴと紐、そしてちょうど良い長さの棒を前にして、試行錯誤している最中であった。


 ケイリーは、俺の指示した物を持ってくると、早々に部屋を出て行った。彼の中では、オリビアによる「テオ様から目を離すな」という頼みは一回限りのものということになっているらしい。オリビアが知ったら怒り出しそうだ。だが、ずっとケイリーに付きまとわれるのも嫌なのでオリビアには黙っておこうと思う。


 ユナは、ぼんやりと床に丸まって眺めているだけで、手を貸してはくれない。まぁ、猫の手を借りるほど困ってはいないけど。


 頭の中にあるイメージ図を実現するために頑張る。棒の先に紐をしっかりと結び付ける。多分こんな感じだったはず。


『なにしてるのさ』

「知りたいのか?」


 そんなに知りたいなら、特別に教えてやらないこともない。作業の手を止めて、立ち上がる。腰に手を当てて、ユナを見下ろす。


「これはね、罠」

『罠……?』


 意味不明と言わんばかりに目を見開くユナは、どうやら知らないらしい。得意になった俺は、猫相手にも優しく説明してやる。俺は前世の記憶がある賢い子なので。


 要するに、あの典型的な罠を仕掛けたい。

 カゴをひっくり返して地面に伏せるように置く。その一箇所を紐がついた棒で支えるようにして開けておく。獲物がカゴの中に入った瞬間を狙い、遠くから紐を引いてカゴの中に獲物を閉じ込めるというやつだ。


 あれをやって、なにかを捕まえたい。捕まえるものは、庭に入り込んでいる動物でも魔獣でもなんでもいい。


 張り切る俺とは対照的に、ユナは怪訝な表情だ。


『そんなバカみたいな罠に引っかかる奴なんていないよ』

「やってみないとわかんないだろ」


 カゴの中には、厨房からこっそりくすねてきたパンを入れようと思う。簡単な罠なので、用意することはそんなにない。早速荷物を持って、庭に出る。後ろをついてくるユナは、ジトッと疑いの目を向けてくる。


 玄関先の人の出入りが多いところには、野生の魔獣は近寄らないだろうと考えた末に、屋敷裏に移動する。


 鬱蒼とした森の広がる屋敷裏は、ちょうど建物の影が広がり薄暗い。森の中には立ち入るなとオリビアから言い聞かせられているが、今日は森には入らないから大丈夫。


 屋敷裏の雑草が生えた何もないスペースに、早速罠を仕掛ける。試しにユナで練習すれば、いい感じに捕獲できた。無理矢理付き合わされたユナは、少々表情が死んでいたが。


『こんなわかりやすい罠にかかる魔獣なんていないと思うけど』

「魔獣じゃなくてもいいの。なんか捕まえたい」


 最悪、虫でもいいや。

 カゴの中央にちぎったパンをパラパラ撒いて準備は完了である。


 紐を伸ばして、近くの木の陰に座って待つ。隣に来たユナは、早くも暇そうに欠伸をしている。こいつは隙があれば、よくお昼寝をしている。


『飽きたら帰ろうね』

「捕まえるまで帰らない」

『はいはい』


 面倒くさ、という小さな呟きが聞こえてきたが、無視しておいた。


 頼りにならないユナは放っておいて、紐の端っこを握りしめた俺は固唾を飲んで待機する。息を殺して、じっとする。今か今かと目を輝かせていた俺であったが、数分もしないうちに気が散ってくる。


「……猫」

『なに』

「なにか面白い話して」

『なにその無茶振り。嫌だよ』


 獲物は、なかなか姿を表さない。なんかもう飽きてきた。


 罠を仕掛ける時はうきうきしていたはずだが、この待ち時間は一向に楽しくない。すんげぇ暇だ。


 ユナとお喋りして時間を潰そうとするが、やる気なし猫は目を閉じてお昼寝モードである。俺を置いて寝るんじゃない。


「猫。なんか魔獣捕まえてさ。あのカゴの中に入れてきて」

『それ、なにか楽しいの?』

「魔獣が無理なら虫でもいいよ」

『もう飽きたんでしょ?』


 半眼になるユナから顔を逸らして、罠を凝視しておく。まったく動きのない罠を見つめていても、何も楽しくはなかった。


 だが、俺から言い出した手前、やめようとは言いにくい。それに生意気ユナのことだ。俺が早々に諦めたと分かれば、鼻で笑ってくるに違いない。ペットにバカにされることは、俺のプライド的に許せない。


 ここはもう少しだけ粘ってみるか?


 いやでも。人通りの少ない屋敷裏とはいえ、野生動物がバンバン行き来しているとも思えない場所である。粘ったところで、何もやって来ない気がした。


 こんなことなら、ルルを追いかけ回す方が絶対に楽しい。なにこの無駄な時間。


 やめ時を逃した俺は、走り回りたくなる衝動を必死に抑えて、根気強く紐を握りしめ続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る