第34話 ライオンもどき

 茶色っぽいふわふわライオンもどきは、見方によってはでっかいポメラニアンに見えないこともない。


「名前はポメな」


 ペシペシ頭を撫でながら、ライオンに語りかける。目を閉じて微動だにしないライオンは、すやすや寝ていた。


 こそっとオリビアたちの様子を窺うが、団長との話し合いに夢中で、こちらを振り返る気配はない。エルドも、仕事に熱心だ。誰もこちらを見ていないことを念入りに確認してから、俺はライオンの横に移動する。


 ふわふわの毛を掴んで、よっこいしょと足を持ち上げる。そのまま頑張って、よじ登る。


 普通のライオンくらいの大きさだ。おまけに今は横になっている。七歳児の体でも、なんとか上に登ることはできた。


 奮闘しつつ、ライオンの上にまたがることに成功したその時である。


「うわ!」


 でかい声を発したのは、近くにいた騎士のひとりである。その騎士と、バッチリ目が合ってしまった。どうやら俺に驚いて悲鳴をあげたらしい。


「なにをしているんですか! テオ様!」


 大声につられたのか。勢いよく走ってくるのはエルドだ。もう仕事はいいのか?


「ちょ、本当になにして!」


 そろそろと足音を殺して慎重に寄ってくるエルドは、両手を広げて「動かないでください」と、穏やかに言い聞かせてくる。どうやら俺に言っているらしい。なにその動き。


 ライオンにまたがったまま、両手を万歳の形にあげてみる。


「見て、エルド。ライオンをゲットした」

「危ないですよ、テオ様」


 なぜか小声になるエルドは、ライオンが目を覚まさないかとヒヤヒヤしているらしい。大丈夫。まだ起きる気配はない。すやすやお休み中である。


「名前つけた。ポメにする」

「勝手に名前をつけない」


 オリビアみたいに苦言を呈してくるエルドは、徐々に近付いてくる。


 いつの間にか、俺は周りを騎士たちに取り囲まれていた。みんなちょっとビビったような表情だ。こんなにふわふわな生き物なのに。べたっと、またがったままライオンに寝そべってみる。ふわふわの毛が、頬を撫でてくすぐったい。


「ふわふわだぁ。かわいい」


 ポメちゃんと呼びかけてみるが、ライオンは黙ったままだ。


 両手を動かして、わさわさ撫でてみる。エルドも遠慮せずに触ればいいのに。


 その時である。周囲の騎士たちが、妙にざわつき始めた。「ん?」と思う間もなく。「テオ様!」と鋭い声をエルドが発した。焦ったような声である。腰に携えた剣に、次々と手を伸ばす騎士たち。


 一体何事だ。周囲を確認しようと上体を起こそうとしたのだが、地面が揺れた。


 いや、揺れたのはライオンもどきだ。それに気が付いた途端、俺はぎゅっとライオンの毛を握りしめる。どうやら眠っていたはずのライオンが、目を覚ましたらしい。立ちあがろうとするライオンに、俺の心臓はドキドキする。周りの騎士たちは、もっと緊張しているらしい。


「ポメちゃん。動かないで」


 そろそろと毛を撫でたその瞬間であった。

 バチッと魔力が走った。え、と慌ててライオンから手を離せば、ライオンの首まわりに眩い光の輪っかが見えた。ちょうど光の首輪のような感じである。やがてぴたりとライオンの首の大きさに縮んだ輪っかは、最後にひときわ大きく光ってから消えてしまった。


「え、今のって」


 呆然と、エルドが呟いている。

 目を瞬いて、俺は自分の両手をじっと見つめる。


 今のは、俺の魔力だ。俺が覚えたばかりの契約魔法だ。一度、ユナを相手に使ったことがあるから間違いはない。


「ポメちゃん」


 試しに名前を呼んでみれば、ライオンがガウガウとお返事してくる。


 え、今契約できた?


 びっくりして目を丸くしているのは、俺だけではない。「ありえない」と呟くエルドは、驚愕の表情だ。そりゃそうだろう。だって俺は魔法を覚えたばかりの七歳児である。せいぜいユナのような小型の、魔力をほとんど持たない下級魔獣と契約するのが精一杯のはずである。


「おまえ、もしかして体が大きいだけの下級魔獣か?」


 ペシペシライオンの頭を叩いてみれば、ライオンが低く唸る。「テオ様!」と叫んだエルドが、勢いよく走ってきて俺のことを抱っこした。


「おろして」

「危ないですよ」

「でも契約できた」

「それは……!」


 エルド的には、こんな七歳児がでっかい魔獣と契約したことが信じられないのだろう。俺と魔獣を引き離そうとしている。だが、気持ちはわかる。俺だって内心びっくりしている。


 こんな大きな魔獣と一方的な契約を結ぶことは、まずできない。世の中には、これくらいの大きさの魔獣と使い魔契約している人も存在するが、それはお互いの合意があってのことだ。大体は条件をつける。一番多いのは、魔力を定期的に渡す代わりに使い魔として働いてもらうというものだ。魔獣は、人の魔力を食べる。そのために、時折人を襲って食べてしまうことがある。だが、魔力の多い人は、魔力だけを自由に魔獣に渡すことができる。それを利用した契約だ。


 どのみち、魔力が莫大じゃないと、でっかい魔獣との契約なんてできない。中には、言葉を発する魔獣と仲良くなって契約を交わす例もあるが、そんなものはごく一部の例外だ。


 つまり、俺が今やったように、なんの条件もつけずにでっかい魔獣と一方的に契約を交わすというのは、通常ではあり得ない事態なのだ。


 だから、騎士たちだって魔獣が出れば討伐に走る。契約が自由にできるのであれば、わざわざ魔獣を殺す必要はない。


「なんだこれは」


 呆然と呟くエルドは、襲ってくる気配のないライオンもどきを前にして、ひたすら困惑したように頭を掻いていた。

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