第14話 帰宅

 オリビアに手を引かれて、屋敷に帰る。帰りは、彼女の馬に一緒に乗せてもらった。オリビアがいつも可愛がっている黒くて大きな馬だ。


「街でなにをしていたんですか」

「うろうろしてた。途中で猫が迷子になった」

「テオ様が迷子になっただけでは?」

「違うから!」


 その猫は、行きと同じく荷馬車に乗せた。

 俺を背後から抱くようにして支えてくれるオリビアは、器用に手綱を操って馬を走らせる。


 馬に乗ると一気に目線が高くなって、ちょっと楽しい。ひとりで馬に乗るのは少し怖いが、今はオリビアも一緒である。後ろで彼女が支えてくれているので大丈夫だ。


 オリビアのことを撒いて嬉々としていた俺であるが、どうやら俺が屋敷を出てからすぐに、彼女は俺の不在に気がついたらしい。


 俺がルルを捕まえて鳥籠に閉じ込めたことを、ケイリーがオリビアへと報告したのだ。ケイリーめ。普段は放任主義のくせに。


 その知らせを受けて、俺の部屋に突撃したオリビアは、棚の中に閉じ込められていたルルを発見。俺が街へ行ったとルルから聞いて、慌てて巡回の騎士たちを追うように馬で駆けてきたのだとか。


 そこから副団長を含めた巡回の騎士たちと共に、俺の捜索が始まったらしい。


 そんなことなど知らない俺は、のんびりクレアと共にパンを食べていたというわけである。


 大通りから外れて、裏通りへと入り込んでしまった話をしたところ、オリビアは露骨に眉を寄せた。薄暗いあの通りには、足を踏み入れてはいけないと何度も言い聞かせてくる。


「魔獣いなかった」

「でしょうね」

「でっかい魔獣をペットにしたかったのに」

「そもそもテオ様が覚えた契約魔法では、そんなに力のある魔獣を捕まえることは不可能なのでは?」


 冷たいことを言うオリビア。だが一理ある。こちらから一方的に契約を結べるのは、自分より力の弱い魔獣相手の時だけである。ユナは、愛玩用とされる魔力をほとんど持たない猫である。だから俺でも契約できた。


「……じゃあ、あの喋る鳥ちょうだい」

「ルルのことですか? ダメですよ。あれは私と契約しているので」


 ちょっと眉間に皺を寄せたオリビアは「ルルをいじめないでください」と苦言を呈してくる。


「なんで閉じ込めたりするんですか」

「邪魔だったから」


 だってあの鳥、俺のことを監視していた。嫌な鳥なのだ。だが、お喋り鳥と遊ぶのは楽しそう。虫取り網で追いかけ回すのも、ちょっと楽しかった。


 あの鳥ほしいとごねる俺に、オリビアは困ったように馬を走らせ続ける。


「一緒に遊ぶのは構いませんが」

「やった」

「いじめたらダメですよ」

「うん」


 また追いかけっこでもしようと思う。今度はケイリーも誘ってやろう。頭の中で計画を立てていれば、馬に乗った副団長が寄ってくる。


「にしても、見つかってよかったですよ。オリビアも随分と心配していましたよ」

 

 爽やか笑顔でそんなことを言う副団長に、オリビアがちょっと変な顔をする。ばつの悪そうな微妙な表情だ。


「それにしても荷物に紛れていらっしゃったとは」


 苦笑する副団長に同調したのか。オリビアが「そうですよ」と語気を強める。


「危ないことばかりして。私がどれだけ心配したと思っているんですか」


 副団長め。余計なことを。おかげで再びオリビアが説教モードに突入した。馬の上で逃げ場がない。ひたすら黙って聞き流す。


 屋敷に戻れば、玄関先には不機嫌顔の兄上がいた。


「また余計なことをして」


 お決まりのセリフを吐き捨てる兄は、俺の顔を見るなりホッと胸を撫で下ろす。


「あまり心配させるな」

「はーい」


 手をあげて元気に返事をしておけば、なんだか睨まれてしまった。どういうことだよ。





「今日ね、めっちゃ疲れた。でも俺は前世の記憶がある賢い子なので。どうにかなったよ」

「この間からなんだ。その前世とやらは」


 夕飯の時。

 兄上相手に、本日の成果を報告したのだが、微妙な表情である。


 だが、ようやく俺の前世に興味が出てきたらしい。前に教えてあげた時には「そんなことより」で流されてしまったからな。得意になった俺は、思い出した前世について語ってやる。


「あのね、えっと。なんか、なんだろう。働いていたのかもしれない」

「あ、うん。それで?」


 それで?

 それでって言われても。


 俺が思い出したのは、公園でひとり寂しくブランコを漕ぐ光景と、あとは日本についてのぼんやりとした記憶だけである。これ以上の詳しい説明はできない。


「えっと。それで終わりだけど」

「そうか」


 気まずそうに相槌を打った兄上は、それきり口を閉ざしてしまう。思ってたんと違う。「なに!? 前世の記憶だって!」的な大袈裟な反応を期待していた俺は、拍子抜けする。


 お肉を口に入れて、もぐもぐする。美味くて満足。


 やっぱりあれだ。ちょっぴり前世を思い出したところで、なにも役に立たない。せっかくなら、前世でプレイしていたゲーム世界とかがよかった。


 はぁっと口からため息がこぼれる。


 特に使命なども何もない。この見知らぬ世界にて、俺は一体どうするべきなのか。とりあえず、今は美味しいお菓子をたくさん食べて、そんでもってもふもふペットを捕獲できればそれでいいや。

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