第11話 迷子
「うぅ、どうしよ。俺このままここで死ぬんだぁ」
『迷子くらいで大袈裟な。さっきまでの元気はどこに行ったのさ』
困り顔で俺の足元をうろうろするユナ。だが、俺はとことん困り果てていた。迷子だ。完全なる迷子だ。道を訊こうにも、人ひとり見当たらない。
もう魔獣なんてどうでもいい。
兄上に叱られるとかどうでもいい。
「なんとかしろよ、猫ぉ」
『もう。泣くなよ。大丈夫だって』
ボロボロ溢れる涙を拭って、ここには居ないオリビアの顔を思い浮かべる。ぎゅっと眉間に皺を寄せた不機嫌顔だ。
「オリビアのバカ。なんで肝心な時に居ないんだよ」
『それはご主人様が撒いたりするから』
ぐすぐす泣く俺に、ユナが困った顔をする。困っているのは俺の方だ。こんなことならオリビアも一緒に連れてくればよかった。そもそも、オリビアが簡単に俺から目を離すのがいけないのだ。あのちっこい鳥め。空を飛べるくせに、なんで七歳児に簡単に捕まるのか。
八つ当たりのように色々考えるが、迷子である事実は変わらない。薄暗い路地に、ひくひくと俺の啜り泣く声だけが響く。
「どうにかして、猫」
『どうにかって言われても』
魔獣のくせに役に立たないユナは、困ったように尻尾を下げている。下級魔獣は、基本的には愛玩用ペットだ。お喋りできたりと、普通の動物とは違う点もあるが、それだけだ。すごく役に立たない。
「……もっと役に立つペットが欲しい」
『あぁん! なんだとこら!』
尻尾を立てるユナ。反射的にガシッと掴めば、ユナが威嚇するような低い声を発する。
『尻尾を触るな!』
デリケートな猫だな。あとすごくケチ。尻尾くらい触らせてくれてもいいだろうに。
ゴシゴシと涙を拭って、顔を上げる。泣いていてもどうにもならない。ペットが役立たずの今、俺がしっかりしなければ。
そうしてトコトコ歩いていたのだが、先は見えない。マジでここはどこなのか。先程までの大通りは、人も多くて道も綺麗だった。それが、今歩いている細い裏道は、なんだか暗くて人が皆無。おまけに道端にゴミなんかが散乱していて、お世辞にも綺麗とは言えない。治安悪そうな空間である。
「……おばけが出たらどうしよう」
『なに言ってんだ、このお子様は』
俺をお子様扱いする失礼猫を従えて、とにかく歩く。この世界はあんまり科学が発展していないので、電話などは存在しない。実に不便だ。その不便さを魔法で補っているような感じなのだが、俺はまだ魔法がうまく使えない。
連絡は主に魔獣を使って行うことが多い。それこそ、オリビアが従えていたルルとかいうちっこい鳥とか。あれは情報伝達向きの魔獣だろう。だからこそ俺の側に置いて、なにかあればすぐにオリビアの元へと飛んでくるよう指示していたのだろう。
ちらりと足元のユナを見る。こいつはマジでお喋りするだけの猫である。どうやら道を覚えていないらしく、俺と一緒に迷子になっている。
あのちっこい鳥も連れてくればよかった。そうしたら、オリビアを呼んできてもらえたのに。
うるうると目元が潤んでくる。
その時である。前方のゴミが、ガサゴソと音を立てた。ピシッと固まる俺。ユナも、警戒するかのように毛を逆立てている。
「お、おばけ?」
『そんなわけ』
慌ててしゃがみ込んで、ユナを捕まえる。ゴミの山の陰に、誰かいる。こんな裏通りに居るくらいだ。人間だとしたら、多分ろくな奴じゃないと思う。どうか猫とか犬でありますように。
けれども、のっそりとゴミの陰から立ち上がったのは、どう見ても人間だった。俺よりも背が高い。まぁ、俺はまだ七歳だから。大抵の大人は俺より身長高いけどさ。
こちらからは背中しか見えないが、どうやら女の人らしい。長い黒髪を、無造作に背中に垂らしたまま。普段着のようなワンピースっぽい服から覗く手足は、色白で細っこい。街中で見かけた商人っぽい人たちと似たような服装だ。
じっと様子を窺っていれば、やがて彼女が振り返った。ギクリと肩を揺らす俺は、なによりも先に恐怖を感じて、反射的に大声を出した。ぎゃあっと叫べば、彼女の方も目を丸くして悲鳴を上げた。
細い路地に、響き渡る悲鳴。先に我に返ったのは、女性の方だった。
「び、びっくりした! いきなり脅かさないでよ」
どうやら俺を、近所の子供と勘違いしたらしい。今は平民っぽい格好をしているからな。変装はバッチリだ。
「こんなところで何してるの? ご両親は?」
ゆったりとこちらに寄ってきた彼女は、黒髪黒目のお姉さん。怪しい人ではなさそう。割と綺麗な格好で、ご近所さんといった雰囲気だ。
歳は十代後半くらいか。オリビアよりは歳下だと思われる。華奢な身体付きで、色白。弱そうな見た目で、子供に優しそう。今だって、俺のことを心配するように、にこにこと語りかけてくる。
「迷子かな? ここら辺は危ないから。大通りに戻ったほうがいいよ」
優しい空気に安堵した俺は、警戒を解いてお姉さんを見上げる。察した彼女は、会話しやすいようにとしゃがんで目線を合わせてくれた。余裕あふれるその態度に、俺はそそくさとお姉さんの服の袖を掴む。
「あのね、ここどこかわかんなくなった」
「あらあら」
それは大変と口元を覆うお姉さん。『急におとなしくなりやがって』と、余計なことを口走るユナを黙らせて、俺はお姉さんを逃すまいと袖を握る手に力を込めた。
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