第10話 疲れた

 大通りは、人が多くて歩きにくい。

 しかも周りは、俺よりも背の高い大人ばかりだ。お目当ての方向へ行くのにも時間がかかる。非常にストレスだ。


「……もう疲れた」

『はっや。もうちょい粘ると思ってたのに』


 心なしか嬉しそうに尻尾を振るユナは、『じゃあそろそろ帰ろうよ』と周囲をキョロキョロし始める。どうやらそこら辺にいるエヴァンズ家の騎士に声をかけて、連れ帰ってもらおうと画策しているらしい。


 人混みを避けて大通りを外れた俺たちは、人気の少ない細い路地へと足を踏み入れていた。人が居ないのをいいことに、ぺたんと地面に座って休憩する。


 街についてからもう一時間ほどだろうか。最初のうちは見慣れない光景にテンション爆上がりしていたのだが、今ではすっかり疲れが前面に出てしまった。


 思えば、テンション上がるままに無意味に飛んだり跳ねたりしていたのがまずかったのかもしれない。もう少し体力を温存しておけばよかった。喉も渇いたし、お腹もすいてきた。先程、お菓子を買い食いしたのだが、すでにエネルギー切れである。


 ぼけっと両足を投げ出して座り込む俺の横では、ユナがくるくると動きまわっている。通りの方を覗いて、騎士の姿を探しているらしい。まぁ、屋敷に戻ろうと思ったら、騎士たちに連れて帰ってもらうのが一番手っ取り早いよな。


 結局、魔獣は一匹も発見できなかった。

 途中で普通の猫は見かけたのだが、勢いよく追いかけたら塀を器用にのぼって逃げられてしまった。ここまでやって来たのに、収穫ゼロ。「また余計なことをして」と眉を吊り上げるオリビアのしかめっ面を思い浮かべて、げんなりする。


 このまま屋敷に戻っても、怒られるだけである。なにか、なんでもいいから、とりあえず収穫を得ないと。


 ふうっと息を吐いて、立ち上がる。


 肩掛けバッグを握りしめて、大通りの方を見据える。人の往来するところに、魔獣はいない。であれば、俺の視線は自然と細い路地の方へと向けられる。なにかを察したらしいユナが、俺の前にまわり込んでくる。


『ダメだよ。裏通りは危ないよ』

「でもあっちに魔獣いそう」

『いないってば。いるのは危ない大人だよ。知らないの? ここら辺の裏通り、子供の誘拐が多いって話だよ』

「俺は子供じゃないからセーフだな」

『七歳児が何言ってんのさ。ほら、大通りの方に戻るよ』


 偉そうに俺を誘導しようとするユナに腹が立つ。ペットのくせに生意気である。あと俺は子供ではない。なんてったって先日ほんのちょっぴり前世の記憶を思い出したのだ。これはもはや、大人と遜色ないと言っても過言ではない。


「いいか猫。俺は前世の記憶がある大人なの。だから大丈夫」

『なに言ってんだ、このお子様』

「誰がお子様だ!」


 カッとなって猫をペシペシ叩いてやる。兄上もそうだが、なんで誰も前世の記憶を信じてくれないのか。


『ほら! そういうところ! そういうところがガキだって言ってんの!』

「猫のくせに! 偉そうにするな!」


 渾身の蹴りをお見舞いしてやろうとするが、ユナは軽々しく避けてしまう。発散できない苛立ちを抱えた俺は、「うわぁ!」と大声を発して裏通り目掛けて走り出した。


『あ! こら待て!』


 そっちはダメだって、とユナが叫びながら追いかけてくるが、全力で無視してやる。


 俺はものすごくイライラしていた。ペットの猫が生意気だし、魔獣は発見できないし、なんか疲れたし。なにもかもが上手くいかない状況で、とにかくイライラしていた。うわぁと叫びながら、出鱈目に走りまわる俺の後ろを、ユナがしつこく追いかけてくる。


 そうしてどれくらいが経っただろうか。おそらく数分程度だろう。息を切らして大きく肩を上下させる俺は、体力の限界を迎えて足を止めた。


 短く呼吸を繰り返す。ユナも疲れたようで、『出鱈目に走りやがって』と、ちょっと怒ったように吐き捨てている。


 それにしても。どこだ、ここ。


 元々土地勘なんてない場所である。おまけに裏通りを無茶苦茶に駆けてしまった。両脇を建物に挟まれて、薄暗い小道である。くるくるとその場でまわってみるが、大通りがどちらにあるのか見失ってしまった。


『迷子か?』


 半眼になるユナを、じっと見下ろす。


「とりあえず、あっちに行ってみよう」

『迷子なんだろ?』

「うるさい!」

『痛い!』


 生意気猫をペシペシ叩いて、ムスッと頬を膨らませる。俺は迷子になったわけではない。ちょっと道を見失っただけだ。『それを迷子って言うんだろ』と、懲りないユナを再び追いかけまわすが、すぐに疲れて足を止める。


 とりあえず、人の多いところへ行けば大丈夫だろう。誰かに話しかけて、それでエヴァンズ家の騎士を呼んでほしいとお願いすれば大丈夫だ。別に秘境に迷い込んだわけじゃあるまいに。七歳児が大通りから十分ほど走ったくらいだ。たいした距離ではないだろう。大丈夫大丈夫と、頭の中で必死に考える。


「行くぞ、猫」


 まずは人を探さなければ。呼吸を整えて、拳を握りしめる。やることさえわかれば、あとは行動するのみだ。


 そうして俺は、猫を引き連れて、再び足を動かした。

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