第7話 焼き鳥食べたい

 部屋に戻るなり、ケイリーを呼びつける。


「箱! 箱持ってきて!」

「箱でございますか?」


 怪訝な顔をするケイリーは、視線を俺の手元に注いでいる。両手でガッシリと掴んだ鳥を掲げて「これを入れる!」と説明してやれば、すべてを理解したらしい。


「……かしこまりました」


 一瞬だけ躊躇したケイリーであるが、すぐに用意のために部屋を出て行く。俺は、鳥が逃げないか気が気でない。


 はやくしろ、ケイリー。心の中で念を送るが、意味はない。鳥がジタバタし始める。足元では、ユナが『やめなよぉ、可哀想だよ』とうるさい。


「鳥! おまえはお喋りできるのか?」


 ムスッと黙る鳥を、睨みつけてやる。うんともすんとも言わない鳥に焦れた俺は、「鳥! 喋ってみろ!」と両手を上下にぶんぶん振ってみる。


『ピ!』


 抗議するかの如く鳴き始める鳥。それを見て、ユナが小さく震えている。


『ひぇ、こっわ。地獄じゃん。ボク猫でよかった。猫じゃないけど』


 ぶつぶつ言っているユナの相手をしている暇はない。「喋ってみろ!」と大声出したその時である。


『ざっけんなよ! このガキがよぉ!』


 キャンキャンと甲高い声が聞こえてきて、ぴたりと動きを止める。今の声は、ユナではない。鳥だ。鳥が喋った。


『こっちが黙っていればよぉ、調子に乗りやがって。やんのかコラ! おおん? 相手になるぞ、おらぁ』


 口わる。なんやこの鳥。

 先程まで、可哀想だと騒いでいたユナも、『え、ガラ悪ぅ』と若干引いている。


 威勢だけはよろしいチビ鳥は、ひとり騒がしい。こんなチビなのに。よくそんなデカい態度ができるものだな。おまえなんて俺の敵じゃないっていうのに。


『おう、チビちゃん。ちったぁおとなしくできないのかねぇ、えぇ? うちのオリビアにどんだけ迷惑かけりゃあ気が済むんだ』

「……焼き鳥にするぞ?」

『できるもんならやってみやがれ!』


 あんまり態度が悪いものだから、つい口から飛び出した物騒な言葉に、鳥が威勢よく噛みついてくる。ルルなんて可愛らしい名前のくせに、中身おっさんみたいな喋り方するな。


 しかし焼き鳥かぁ。


 なんだか前世で食べていたような気がする。香ばしい炭の匂いを思い出して、ぺろっと唇を舐める。途端に、鳥が静かになった。


『……冗談だぜ? チビちゃん。チビちゃんって呼び方が気に食わなかったのかい? いやぁ、すまないねぇ。オレ、気が荒いもんで』

「焼き鳥食べたい」

『ひぇ……!』


 殺される、と小さく震える鳥。ちょうど戻ってきたケイリーが、にやにやする俺と震える鳥を見比べて、少し迷うような素振りを見せた。だが、すぐに切り替えたらしい彼は、持ってきた鳥籠を差し出してくる。


 俺としては、お菓子の箱みたいな適当な物を想像していたのだが、予想に反してケイリーは木製の鳥籠を持ってきた。別に不都合はないので、そのまま受け取る。


 暴れる鳥と格闘しながら、頑張って鳥籠に押し込める。蓋を閉めれば、完璧だ。


「やった! 鳥捕まえた!」


 ぱちぱちと控えめに拍手をしてくるケイリー。ユナは露骨に引いている。一方の鳥は、バタバタと大暴れしている。


『なにしてくれてんの! ざっけんなよぉ!』


 お喋り好きな鳥は、ずっとひとりで喋っている。


 鳥籠を抱え込んで、次の行動を考える。どうやらオリビアは、このちっこい鳥経由で俺の行動を把握していたらしい。その鳥を捕まえた今、オリビアは俺の行動を把握できない。


 ちらりとケイリーに視線をやる。オリビアを封じたはいいが、こいつが残っている。この厄介な侍従も、撒かなければならない。


 思案したすえに、俺は鳥籠を持って立ち上がる。ケイリーは、比較的屋敷内では俺を自由にさせてくれる。おそらく他に仕事があるのだろう。自然な感じで立ち去れば、追いかけてはこないはず。


「じゃあね、ケイリー。俺は、この鳥をみんなに見せてくる」

「承知いたしました」


 にこりと微笑むケイリー。よっしゃあ。


 鳥籠を持って走る俺の後ろを、ユナが追いかけてくる。ケイリーはついてこない。


『誰に見せに行くの?』

「料理長」

『え』


 ちょうどいい。どうせこの鳥も、オリビアに見つからないようどこかへ隠しておかねばならない。


 厨房に駆け込んだ俺は、忙しそうにしていた料理長を呼び出す。


「料理長! 来て! 見て! はやく!」

「なんでしょうか、テオ様」


 すぐさま寄ってきた料理長は、四十代ほどの男性で、確か結婚して子供もいたはずである。溌剌とした男で、よく厨房内で大声出しているところを目にする。


 俺は、早速手にしていた鳥籠を掲げた。


『やめて! やめてください! オレが悪かった!』


 なにやら騒ぐちっこい鳥を確認した料理長は、困ったように目を瞬く。


「えっと、この魔獣が何か?」

「焼き鳥! 焼き鳥作って!」

『ひぇ……!』


 震える鳥に、顔色を悪くする料理長。足元では、ユナが『ボク知らないから』と他人事を装っている。


「えっと。魔獣を食べるのはちょっと」

「ダメ?」

「たぶん美味しくないと思いますよ」

「えー」


 美味しくない焼き鳥じゃあ、意味がない。俺は美味しい焼き鳥が食べたいのだ。


 じっと、籠の中の鳥を見下ろす。確かに変な色だし、口も悪いし、ちょっと不味そうだな。


「命拾いしたな、鳥」

『めっちゃ怖いんだけど、この子!』


 ピヨピヨうるさい鳥を抱えて、俺は厨房をあとにした。

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