第8話 今度こそ脱走

 そろそろと部屋に戻れば、ケイリーの姿はなかった。ホッと胸を撫でおろす。どうやら別の場所で仕事しているらしい。ケイリーは俺の侍従だが、俺にベッタリくっついているわけではない。俺の見張りは、どちらかと言えばオリビアの仕事なのだ。


 今がチャンス。早速、お出かけ準備をする。地味な服に着替えて、大きめバッグを引っ張り出す。中にユナを詰め込もうとしたところ、ユナが猛抗議してくる。


『やめてよ! わかったから! ついていけばいいんでしょ』


 どうやら先日、俺がバッグにユナを詰めて外に出た件を根に持っているらしい。ちょっと心配だが、おとなしくしていると約束するそうなので、それでよしとしよう。


 用のなくなった大きめバッグを放り出して、小さめバッグを取り出す。肩にかけて、帽子を被れば完璧だ。どこからどう見ても、貴族の子供には見えないに違いない。


 にやにやと笑った俺は、床に置いてある鳥籠に視線を戻す。中では、ちっこい鳥がバタバタと暴れている。


『おいこらチビちゃん!』

「なんだ、鳥」

『オリビアに言いつけてやろうかぁ! オレをここから出せ!』

「うるさいぞ」


 この鳥をどうにかせねば。

 オリビアにバレては、全てが台無しだ。


 周囲をキョロキョロと見回した俺は、目についたベッドの下を覗き込む。隠し場所の定番だ。鳥籠を下に押し込もうとするが、高さがあるため入らない。ふむ。


 次いで、クローゼットを開け放つ。衣服が仕舞い込まれている。鳥籠を隠しておくには好都合かもしれない。ケイリーはともかく、オリビアがここを開けることはあまりない。最高の隠し場所のような気がしてきた。


『おい、待て待て。チビちゃん』

「おとなしくしてろよ、ちっこい鳥」

『ひぇ!』


 鳥籠をクローゼットの中に置いて、上から適当に衣服をかける。これで鳥は見えなくなった。完璧。


『こら、クソガキ! いい加減にしておけよぉ』


 パタンとクローゼットを閉める。なんか微かにピヨピヨ聞こえるが、まぁいいだろう。俺の足元で様子を見ていたユナが『こっわぁ』と小さく震えている。


「よし、行くぞ。猫」

『……はーい』


 渋々お返事するユナを従えて、俺は今度こそでっかい魔獣ゲットの旅に出ることにした。





 俺は本当に運が良い。


 どうやら私営騎士団が街に出るらしい。屋敷の正門前に並んだ馬や荷馬車をこっそり観察して、口角を持ち上げる。


 オリビアの姿は見えないが、好都合。


「猫。あれに乗って街まで行くぞ」

『うぇ、本当に?』


 目をつけたのは、一台の荷馬車。目隠し用の布が貼ってあり、中に乗り込めば荷物に紛れて運んでもらえそう。木陰に身を隠して、じっと騎士たちの動向を観察する。その中に、副団長の姿を見つけてムムッと唸る。あいつは手強そうだ。絶対に見つかってはいけない。


 だが、副団長はこちらに視線をやることもなく、黙々と準備に徹している。どうやら街の巡回に行くらしい。公爵家の私営騎士団ではあるが、領地の見回りも彼らの仕事のうちだ。特に魔獣が街に出た時、王立騎士団の到着を待っていたのでは手遅れになる。そういう時、一番に駆けつけるのがうちの騎士団というわけだ。


 今日はいつもの巡回だろう。まったり準備しているから。魔獣が出たということであれば、急いで出動するはずだ。


 こそこそと様子を窺っていれば、すぐにチャンスが到来した。


 副団長が騎士を集めている。どうやら出発前に声がけでもしているらしい。またとない機会だ。ユナに目配せすれば、仕方がないと言わんばかりの頷きが返ってくる。肩にかけたバッグの紐を握りしめて、俺はそっと木陰から前に出た。


 足音を殺して、荷馬車へと近付く。布を捲り上げてやれば、ユナがひょいっと飛び乗る。さすが猫。身軽だな。俺も転がり込んで、きちんと布をかけ直す。小さい荷馬車だが、子供と猫一匹くらいなら十分乗り込めるスペースはある。奥へと進んで荷物の影に身を隠せば、ユナが心配そうに視線を彷徨わせる。


『見つかったら怒られるよ』

「でっかい魔獣見つければ大丈夫だよ」

『なにが大丈夫なのかわかんない。オリビアに叱られると思うけど』

「静かにしろ!」


 騎士にバレたらどうする。お喋り猫の頭を小突いて黙らせる。


『ボク知らないから』


 ふいっとそっぽを向く無愛想にゃんこを抱き寄せて、ひたすら息をころす。やがて荷馬車が揺れた。どうやら街に向かって出発するらしい。集まった騎士たちの中に、オリビアの姿は見えなかった。彼女はいつも、巡回には参加しない。俺の見張りという嫌な仕事があるからだ。


 きっと今頃、俺のことを探して屋敷内をうろうろしているに違いない。普段であれば、あのルルとかいうちっこい鳥がオリビアに俺の居場所を教えに行くのだろう。だが生憎と、あの鳥は俺が捕まえて閉じ込めている。


 オリビアを出し抜くことに成功した。ふふふっと笑う俺を見て、猫が『だから怖いって』と失礼なことを口走っているが、気にしない。


 これでようやく、オリビアを見返すことができるのだから。

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