第14話 星空と占いと

「嘘ぉ!」

 たった二人の観客は、先を争うようにして、カードへ額を寄せる。

 ルミナ、純子の順番でカードを手に取ったが、間違いなくハートの三だった。二枚同時にめくったのでもない。

「ほら、ハートの三じゃないか。ひょっとして、二人とも忘れちゃってただろ。はははっ」

 表情をほころばせ、愉快そうな相羽に、純子はただただ、あ然として、見つめるだけ。

「種、教えてー!」

 ルミナが、今夜何度目かのフレーズを発した。

 彼女に肩を揺さぶられる相羽は、とぼけ通そうとしている。

 そんな二人の横で、純子は決意を固めていた。

(凄い。でも、だまされっ放しなんて、悔しくて気が済まないじゃないっ。どれか一つでも、何とかして種を見破ってやるんだから!)


 南十字星は水平線ぎりぎりに見えると教えられ、純子は飛び上がらんばかりに、いや、実際に飛び跳ねて喜んだ。

 湯上がりの汗も引いた頃合いを見計らって、庭に出る。無論、相羽とルミナも一緒。

「暗いから、気をつけなさい。波打ち際に近付きすぎちゃだめよ」

 大人達からそんな注意をされて送り出された。

(えっと、スピカが南に来たとき、その真下辺りに……)

「あった!」

 念願の星座を見つけて、手を叩いた。

(想像してたより、ずっと小さい。手に取ったら、ネックレスにでもなりそう)

 そんなに明るい星達ではないが、ダイヤの形に四つ、確認できる。対角にある物同士を結べば、十字の完成だ。沖縄でも、町中では見えないのではと思えるほど、水平線ぎりぎりにかかっている。

「ふうん、あれが南十字」

 相羽も目をしっかり開けて、感心している様子。

「初めて見た。前に来たときは、知らなかったから」

「小さい星座ね。あんなのが、そんなに大事なの?」

 ルミナはと言えば、視力があまりよくないのか、じっと目を細めている。あんまり続けていると、しわができてしまって、モデルの仕事に支障が出そう。

 それはともかく、確かに南十字星は小さい。こぶし一つで隠れてしまう。

「方角を知るのに役立つからよ。十字の縦棒を下に五倍延ばせば、それが天の南極点なんだって。日本では見えないけど」

 純子の説明に、ルミナは何度かうなずいた。

 相羽が改めて視線を高くした。二人もそれに続く。

「他に、今頃の星座と言えば……蠍座かな」

「それと白鳥座ね」

「おおぐま座は?」

 三人で、天を見上げたまま、話をする。知ってる限りの星座の名前を、口にしている感じだ。

「おおぐま座は、一年中、よく見えるのよ」

 ルミナの問いかけに答えるのは純子。

「そうだった?」

「うん。ほら、北極星を見つけるのに、ひしゃくの形をした星座を使うの、知ってるでしょ?」

「もちろん。と言うより、それがあったから、覚えてたんだけど」

 ルミナが舌先を覗かせる。

「方角を決める北極星を見つけるための基準が、季節によって見えなくなったら大変。だから一年中、よく見える星座を目印に使ったんじゃないかしら」

「なるほど。純子ちゃん、詳しい」

「これぐらい」

 謙遜して、目線を普段の高さに戻すと、相羽が何やら探している様子なのが分かる。

「何か、星座を探してるの、相羽君?」

「そう、こと座とわし座。見慣れた夜空と、少しずつ星の位置が違うから、見つけにくい……」

「あ、織り姫と彦星ね」

「それって、七夕の?」

 さすがにルミナも知っている。

「七夕の日に会うって言うけど、七月七日、本当に近付くのかしら」

「まさか。光の速さで十年以上かかるよ。ベガと、えっと……アルタイルの間の距離は……どれぐらい、涼原さん?」

「な、何で、私に聞くのよ」

「詳しそうだから。違った?」

 わずかな外灯の光に、相羽が微笑んでいるのが見て取れた。

「星は好きだけど……ひけらかすような真似は」

「いいじゃない。私達が知りたいんだから」

 ルミナもそう言うので、知識の引き出しを開けることにした純子。

「織り姫星はこと座の一等星ベガの別名で、この星は太陽の五十倍以上の明るさを持つから、夏の夜の女王とも言われてるの」

「太陽の五十倍? 嘘、全然明るくないわよ」

「それは、太陽よりもベガの方が地球から凄く遠いから。もしも太陽と同じ場所にベガを置いたら、五十倍も明るい、大きな星ってことよ。

 彦星の方は、わし座のアルタイル。こちらも一等星なんだけど、ベガには負けちゃう」

「星の世界も、女性上位だね」

 茶化すように、相羽。女子二人はくすくす笑った。

 それが収まってから、本題の質問に答えにかかる純子。

「ベガとアルタイルは、確か、十六光年離れてるんだって。だから、両方が光の速さで会いに行っても、八年かかる」

「ひゃあ。ロマンティックじゃないわ。年に一度、会いに行くのに、超特急に乗って、しかも八年もかかってたら」

「年に一度じゃなくて、十六年に一度だ」

 またひとしきり、笑いが起こる。

 それからも見える星座についてあれこれ言ったり、それにまつわるギリシャ神話を断片的に話したりと、にぎやかだ。

 その内、ルミナが切り出した。

「そう言えば、みんなの星座って何? 私は、誕生日が九月一日だから、乙女座。ぴったりでしょ」


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