第13話 マジックおかわり

 それからの相羽は、カードマジックを五つ披露した。

 純子にとっても初めて見る物ばかりで、いずれも不思議だったけれど、特に驚かされたのは、最後の手品だった。

 カードを切った相羽が、その山の中から一枚をルミナに選ばせる。相羽が背を向けている間に、ルミナと純子は、そのカードが何かを確認――ダイヤのキング――した。ここまでは、よくあるパターンと言えなくもない。

「確認した?」

 背中を見せていた相羽は向き直ると、絨毯の上に、カードの山をきちんと揃えて置いた。

「ちゃんと覚えておいてよ。時々、忘れちゃう人がいるから」

「あはは、そんなことないわよ。ねー」

 ルミナに呼応して、純子も笑う。

「忘れられたら、相羽君、困るんじゃないの?」

「困るよ、そりゃ。だから、忘れてしまわない内に、てきぱきとやりますか。山の一番上に、そのカードを裏向きにして置いてくれる?」

「こう?」

 ルミナは、相羽の表情を窺いつつ、山のてっぺんに選んだ一枚を戻す。

「それでいい。このままでもカードの表が見えないのは間違いないけれど、念には念を入れた方が、二人とも安心じゃない?」

 相羽はうなずいてから、そんな呼びかけをしてきた。

 意味が分からず、観客二人が小首を傾げていると、相羽は放ったらかしにしてあったトランプのケースを取り上げた。それをカードの山の上に、漬け物石みたく、ぎゅっと押しながら置いた。

「こうすれば、絶対に見えないよね」

「うん」

 ケースをどけない限り、密かに抜き取るなんて真似もできないはず。純子は確信した。

「さて。カードのマークと数字、忘れてないね?」

「もっちろん」

 ルミナも純子も、自信を持って首を縦に振る。

「じゃあ、そのカードを強く念じて、僕に教えてほしいんだ。折角、二人いるんだから、涼原さんはマークを、斉藤さんは数字を、頭の中に思い浮かべてみて。あ、目を閉じちゃだめだよ。僕がカードを盗み見たと思われたら、意味がないからね。目を開けて、しっかり、僕の脳に伝えるつもりで」

 そういった相羽が両目を閉じ、右手人差し指で、自らの眉間をとんとんとつつき始めた。

 これまでに四つの手品を見せられた純子達は、すっかり雰囲気に染まっていた。だから本気で念じる。

(ダイヤ――ダイヤよ。赤い、菱形)

 純子の目線は、自然と相羽の眉間に吸い寄せられる格好になっていた。

 と、急に目を開けた相羽。

 何だか、目が合うような感じがして、純子はどきり。

 ルミナも同じだったらしく、びっくりした風に目をぱちぱちさせている。

「分かった。二人とも、なかなか念じ方がよかったよ」

「ほんとに分かったの、今ので?」

 やっぱり信じられない思いが起こり、純子は身を乗り出した。

「うん。少なくとも、分かったつもり。それでね、実は予言をしてたんだ。何を選ぶか、あらかじめ紙に書いておいた」

「え、どこどこ? その紙」

 ルミナもまた身を乗り出してくると、相羽はカードを入れるケースを指差した。ゆっくりとした、余裕のある仕種だ。

「その中。さっきは斉藤さんに選んでもらったから、今度は涼原さん、ケースを取って、中を見てよ」

「う、うん」

 一旦、胸に片手を当て、その手を伸ばし、プラスチック製のケースを持ち上げた。蓋が透明なので、中身が見える。

 使わなかったジョーカーと、トランプゲームの説明の紙があるだけのようだ。

「開けてみて」

 相羽に促されるまま、純子は蓋を外し、中のカードと説明書を取り除いた。すると、もう一枚、小さめの紙が姿を見せる。

「それだよ。手に取って、書いてある文字を読んで」

「……っと……あら?」

 思わず、声を上げた。紙片を持っていない方の手を、口に当てる。

(ハートの三? ま、間違ってるじゃないのっ)

「どうしたの? 私にも教えて」

 ルミナがにじり寄って、紙を覗き込む。

 当然ながら、彼女もまた怪訝な表情を作った。

「信一君、これ、違ってるー」

 がっかりした調子で、ルミナは相羽に抗議だ。

 あぐらをかいて、両手をやや後ろについていた相羽は、「えっ?」とつぶやくと、姿勢を正した。

「そんなことないはずだ。絶対に、それだよ」

「それって、これでしょ?」

 手にした紙を裏返し、相羽に向けた純子。

 相羽はわざとらしく顔を近づけ、大きくうなずいた。

「そうだよ、ハートの三。当たっているだろう?」

「違うー」

「相羽君、失敗したんじゃないの?」

 二人で文句混じりに言うと、相羽は腕組みをした。

「おかしいな。確認するけど、選んだカードを念じたよね」

「ええ」

 次に相羽は、腕組みを解き、置いたままのカードの山を指差す。

「この、一番上にあるカードだろ? 選んだのって」

「そうよ」

「めくってみて、いいかな」

 手を伸ばし、カードに触れた格好のまま、上目遣いに聞いてくる。

 純子とルミナは、黙ってうなずき、承知した。

「よく見ててよ」

 相羽は――何故か――自信ありげに微笑むと、山の一枚目のカードをひっくり返した。

「――あっ!」

 見事なまでに声を合わせた純子とルミナ。

 姿を現したカードは、ハートの三だったのである。

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