第12話 恋バナは不成立?

「……あはは」

 つい、笑ってしまった。

(楽しい話題って、何かと思ったら)

 口元を押さえながら、見れば、ルミナはきょとんとしている。

「変なこと、言ったかしら?」

「ううん。でもねえ、その質問、何度もされてるから。私にとって相羽君は、友達の一人としか言いようがないわ」

「そうなの? ああ、ばかな話、振っちゃったかも。私、てっきり、純子ちゃんも相羽君のことを好きなのかと」

 お風呂場の中故、しかとは分からないが、ルミナの顔が赤らんだような。

「『も』と言うからには、ルミナちゃん、相羽君のことを……」

「うん、いいなあって。今度を入れて三回か四回ぐらいしか、会ったことないんだけれど」

「おかしなこと聞くかもしれないけど、どこがいいの?」

「どこがって、話してて楽しいし」

「それは分かる」

 純子は、うんうんとうなずいた。でもまだ納得できない。

(どうしてあいつが、こんなにももてるの?)

「気を遣ってくれるし、それでいて、私の方からちょっと大胆なことしたら、恥ずかしそうに赤くなるの。それがいいのよねえ」

「だ、大胆なことって」

 富井達や白沼の顔が浮かび、純子は思わず、尋ねた。

「ふふふ。四年か五年生の頃だったと思うけど。今度みたいに、撮影のとき、相羽君が来たのよね。撮影場所の近くに温泉があって、時間があるから寄っていこうという話になってさあ。それで、言ってみたの。『一緒に入ろう』って」

 楽しそうに話すルミナを見て、純子は「はあ」と呆気に取られた。

「あのときの顔ったら! かわいかったわぁ。でさ、本当に一緒に入って」

「ええっ!」

 焦って、身体を起こし、相手の方を向いた。

(小学四年生だとしても……)

 するとルミナは、さも愉快そうに口を開けて笑い出す。

「驚いた? えへへ、水着を着けて入ったのよ」

「な、なーんだ」

 何となく、ほっとしている自分を意識した。

「さあて、そろそろ上がろうっと」

 ルミナが唐突に立ち上がった。勢いよく、しぶきが飛び散る。

「こんな話を続けてたら、いつもより早く、のぼせちゃいそう」

 純子もその見方に賛成した。


 水着ばかりに気を取られていた純子は、こちらのことにまるで意識が回っていなかった。それを今、後悔している。

「あっ」

 純子の姿を見た相羽が、声を上げる。

「似合ってる」

 顔いっぱいに笑み――多少いたずらっ気の入った――を浮かべた相羽は、純子の方を指差してきた。

「ふん。早くお風呂、入りなさいよ」

 純子は両腕で自分の肩を抱いた。パジャマを隠したくて。

 よくあるタイプの、薄いピンク地にいちごの絵柄が散りばめられた物だ。いちごの「へた」の緑色が、ポイントとなって目を引くことだろう。

「それ、いちご柄? いかにも、女の子って感じ」

 パジャマの柄を確かめたいのか、近寄って来る相羽から、純子は前を向いたまま後退。

「嫌。見ないで」

「……」

 肩の高さに左手を挙げ、何か言いたそうにした相羽だったが、結局、口を閉じてくるりと向きを換えた。

「風呂、入ろうっと」

 すたすたと、スリッパが廊下にこすれる音を残して立ち去る。着替えを取りに行ったのだろう。

「あらぁ、行っちゃったか」

 入れ替わるようにして、今度は純子の後方から、ルミナが追い付いてきた。上がってから、スキンケアの乳液だの何だのを塗り込んでいた彼女は、純子より時間を取っていたのだ。

 髪を乾かすのは部屋に戻ってから。いつまでも脱衣所を占領していては迷惑がかかるので。

 というわけで、二人して、先ほどゲームに興じていた部屋に入った。

「手品の種明かしをしてもらおうと思ってたのに」

「お風呂のあとでもいいじゃない。ひょっとしたら、教えてくれる」

「……ひょっとしたらって?」

 不満そうに口先を尖らせていたルミナが、言葉尻を捉えて聞いてきた。

「あいつ――相羽君、『手品は種を知ると幻滅するから、種明かししたくない』っていう考えだから」

「あー、なるほどお」

「頼めば、ヒントぐらい、くれるかもしれないけどね」

 経験に沿って答える純子。

「ふうん。て言うことは、純子ちゃん、相羽君の手品を見て、種明かしのヒントをもらったこと、あるんだ?」

「ええ、まあ。二回ぐらい」

「どんな手品? やっぱりトランプの?」

 リクエストに応え、純子は、相羽がかつて披露した手品がどんな物だったかについてだけ、説明する。

 話が終わる頃、相羽が戻って来た。

 迎えるのは興味津々なルミナの視線と、申し訳なさで伏せがちな純子の視線。

「信一君、手品、見せて!」

「え?」

 頭にやっていたタオルを払い、視界をよくする相羽。

 彼に向かって、さっさと手を合わせる純子。

「ごめーん。話したら、こうなっちゃって」

「謝らなくてもいいのに」

 壁際に落ち着くと、相羽は肩をすくめた。

「てっきり、ルミナちゃんにも見せてあげてるんだと思ってたわ」

「ぜーんぜん」

 不満げに首を振るルミナ。乾かし終わったばかりの髪が、ふんわり、広がる。

「何で見せてくれなかったのよ?」

「特に理由なんてないよ。そういう流れにならなかっただけさ。涼原さんが知っているのは、クラスのお楽しみ会でやった分だし」

「じゃ、今、見せて。お願いするから」

「いいよ。カード、貸して」

 請け合う相羽に、ルミナがカード一組を手渡す。

「同じのをやっても、つまらないだろうから」

 相羽は純子の方を見ながら、そんなことを言った。

(別にいいのに)

 と思う反面、期待もしてしまう純子。現金だなって、自覚した。

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