第11話 モデル二人、お風呂にて
結局、相羽が手品をルミナ達の前で披露することはできなかった。
お風呂が湧いたと、賄いのおばさんが知らせてくれた。相羽の母達スタッフの計らいで、一番に入るのはよく働いた二人の子供――純子とルミナとなったからだ。
「背中の流しっこしよう」
今日一日ですっかり親しくなり、ルミナの提案に、純子は一も二もなく同意した。
「あ、ち、あち」
ちょうどいい湯加減だが、心ならずも日焼けした部分――うなじの辺りには、少ししみる。
「肌に、もっと気を遣わなくちゃだめよ」
モデルとして先輩ぶっているつもりなのだろう、純子の背に湯をかけたルミナが、おねえさん口調で言う。
「はあい」
「よろしい。さて、これでおしまい、と」
最後にまた一浴びしてもらって、交代。今度は純子が流してあげる番。
「力、これぐらいでいい?」
泡立ったスポンジをルミナの背中に当てながら、尋ねる。同い年と言っても、相手はプロのモデルだ。さっきも言われたように、肌には神経を使う。
「もっと強くしていいわよ。ガラスの人形を扱ってるんじゃないんだから」
くすくす笑いながら、ルミナ。
純子はこする手に力を入れた。
その途中、目線があるところへ引き寄せられる。
(いいなあ、きれいな形)
言うまでもないかもしれないけれど、胸の話。まただ。
ルミナのそれは、背後にいる純子からでも確認できるほどの膨らみを持っている上、さすがに整った形をしていた。
純子は自らを眺め下ろし、ため息を付く。すでに癖になっていた。
「純子ちゃん? どうかしたぁ?」
「は、はい」
手を止めてしまっていたことに気付いた純子は、慌てて上下させる。
「ねえ、続けるんでしょう、モデル?」
「え……別に、無理して続けようとは思ってない……」
空港での初対面時を思い出し、慎重に答える純子。
ところが、ルミナの口から出た言葉は、予想と違っていた。
「そんなの、もったいないよ」
肩越しに振り返ってまで、ルミナは言った。
「そ、そうかしら」
「そうよ。私としたら、ライバルが増えるのは嫌なんだけど、あなたがプロポーションいいのは、認めなきゃいけないと思うし」
「あ、あはは、そんなことないってば」
見られているわけでもないのに、思わず、手で身体を隠したくなった。
「撮影のとき、一緒にやってて感じたんだけど、純子ちゃん、胸のこと気にしてるでしょう?」
どき。
(ど、どうして分かるの?)
純子が口をぱくぱくさせていると、ルミナは再び肩越しに振り返った。
「私の胸元の辺り、ちらちら見るんだもんねえ」
「……ごめんなさい」
「何で謝るのよ。あなたのそのプロポーションで、胸まであったら、私は不機嫌になってたところね」
と、ルミナはいたずら心を起こした。純子の胸に軽く触れる、ルミナの手。
純子は短い悲鳴を上げて、中腰の姿勢から、ぺたりとお尻を床のタイルに着けてしまった。
「あれ? そんなびっくりした? うふふ、ごめんごめん」
「……びっくりしたっ」
元の姿勢に戻って、警戒しながらもまた背中を洗いにかかる。
ルミナは前に向き直って、明るい調子で続けた。
「私はねえ、自分のこのぽっちゃりした感じが嫌い。これじゃあ、将来、太っちゃいそうで恐い。だからうらやましいな、純子ちゃんが」
「……慰めてくれて、どうも」
自分でもすねた言い方だと思う。すると、ルミナがやや慌てた様子で応じる。
「ちょっとぉ。本気も本気よ。胸なんてね、大人になればそれなりに格好がつくものよ。それに比べて、体質は深刻」
「体質って?」
「太りやすいのよ、私。これでも食事に気を付けてんだから」
「ええ? ほんとに?」
とてもそう見えない。程よくバランスの取れた、健康そのもののといった雰囲気を発散させている。
「純子ちゃんは、そういう体質じゃないでしょ?」
「分かんない」
「間違いないって。あ、それに、私にはもう一つ、問題ができたのよね。花粉症。みっともないったらないわ」
ルミナは、悔しそうに首を小さく振った。
純子はその背中を流してあげてから、改めてしげしげと見つめた。
(そう言うけれど、充分、きれいだよ。私なんか、ドッジボールとかバスケット、バレーボールなんかの球技よくやってるから、すり傷のあとや痣がいっぱいあるもん)
その後、二人仲よく、湯船に浸かる。
本当は大人が十人近く一度に入れるだけのスペースがあるから、実に広々とした使い方だ。思い切り手足を伸ばせて、気持ちもいい。
「ルミナちゃんのお兄さんて、何歳? よかったら教えて」
少しばかり気になっていたので、聞いてみた。
「うん、いいよ。えっと……二十四歳だっけ。誕生日、まだだから」
「ふうん。いつから今の仕事をしてるのかなあ?」
「英兄のこと? 高校卒業してから、ずっと。だから、六年間、私の付き人なのだ。あはははは」
快活に笑うルミナに、さらに質問。
「え、じゃあ、ルミナちゃんは六年間、モデルを……」
「そうよ。小学校入ると同時ぐらい。最初はね、近くのスーパーマーケットのちらしにね。子供服着て、ポーズ取ってるの。今見たら、変な顔してたわ。恥ずかしいね」
「あの、初めてのときって、やっぱり、緊張した?」
「しないよー。だって、小さかったから、モデルやってること自体、自分で分かってなくてね。記念撮影みたいに思ってたのかもね、あのときの私。よく覚えてないけれど」
「ふ、ふーん」
あまりの答に、うなずくほかない純子。
「じゃあさ、自分はモデルやってるんだって意識したときには、慣れちゃっていたとか……」
「そういうこと。ね、こんな話より、もっと楽しい話題にしようよ」
「楽しい話題?」
頭に巻いたタオルを押さえながら、かすかに首を傾けた純子。まるで見当がつかない。
対して、ルミナは含み笑いを見せたあと、突然切り込むように聞いてきた。
「あなた、相羽君のこと、どう思ってる?」
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