第10話 トランプ遊び

 贅沢にもエアコンが効き渡っていて、建物の中は快適そのもの。夏の格好でいると、ときに肌寒く感じるほどだ。

「人数が多くないからね」

 半袖の腕を抱えた純子に、英弘が言った。

「体温による室内温度の上昇が緩やかで、冷やす勢いの方が勝っちゃう。何か羽織るといいよ」

 続けて言いながら、純子の手元のカードから、一枚抜き取った。

 瞬時にして、二人の表情が変わった。純子はにっこり、英弘はしまったという顔。

「英兄、またババを引いた!」

 ルミナがけらけら笑う。彼女の方は心得ていたらしく、長袖の服を身に着けている。

「やれやれ。手が吸い寄せられている気がする」

 英弘は手の中でカードの扇を閉じ、ひとまとめにして、何度か切ると、「ほら」と言って、妹の方へ突き出した。

「何か取ってきたら、着る物」

 しばし暇になった純子へ、相羽が身体をやや寄せながら、言ってきた。もちろん、手にあるカードは見えないようにしっかり隠して。

「これぐらい、平気」

「モデルが身体を大事にしないで、どうするんですか」

 相羽の冗談めかした口ぶりに、純子はくすっと笑い、「じゃ、そうする」と断って、自分の部屋に向かった。

 南にあるんだから暑いだろうと考え、長袖の物はカーディガンしか持って来ていない。薄い緑色をしたそれを荷物の奥から引っ張り出すと、腕を通しながら戻って来た。

「遅いよ、純子ちゃん」

 部屋に入るなり、ルミナが言う。そんなに時間は経っていないはずだが、ババ抜きでカードを抜くぐらいはすぐだ。ルミナは退屈で、相羽と何やら会話を交わしていたらしい。と言うのも、二人の間がさっきより狭まっていたから。

「ごめんなさい。ジョーカーを持ってるの、誰?」

 伏せていたカードを手に持つ純子。

 問いかけには、三人の意地悪そうな笑みが返ってきた。

「……ひょっとすると、英弘さんから他の人に?」

「さあ、どうでしょう?」

 カードを広げる相羽は、とぼけ口調である。いつもの様子と変わりないため、さっぱり分からない。

(相羽君が持っている可能性……ありそうだわ)

 考えても分かる問題でないだけに、せめて、神経を研ぎ澄ませようとする。

 すでにこの回のゲームは終盤。各人の手にあるカードの枚数も多くない。

 場に出ているカードを見やる。

(さっきから増えてない。ということは、ルミナちゃんも相羽君もペアを完成させていない。相羽君の手にジョーカーがある確率は、えっと、五枚の中から一枚と……六枚の中から一枚だから、三十分の一。これで合ってる?)

 と計算してみたものの、現実の前にはいかほどの役に立つだろう。

(ありっこないと思うけど、三十回に一度起こるんじゃあ……)

 計算したことで、かえって不安が増した。

「迷ってるんだったら、こういうのはどう?」

 相羽が手元の七枚のカードを切り始める。

「これ、見て」

 いきなり、カードの中から一枚、表向きに示す。ジョーカーだった。

「え?」

「心配してる通り、僕のところにジョーカーが回ってきてる」

 呆気に取られた純子を後目に、相羽はジョーカーを再び裏向きにして、手元のカードの一番上に置いた。

 おかしな成り行きに、ルミナと英弘も、興味津々といった体で見物している。

「今、置いたばかりだから、ジョーカーがどこにあるかは分かるだろ。これから一枚ずつ、床に置いて行くから、涼原さんは好きなときにストップをかけて、選べばいい。じゃ、行くよ」

 相羽はカードを配る要領で、まず一枚、指先でずらすように角を押し出した。

「さあ、どうする? これにする?」

「どうするって……」

 眉間にしわを寄せる純子。

(今置いたそれがジョーカーに決まってるじゃない。一番上のをそのまま置いたんだから)

 あまりに明白な事実に、首を傾げつつも、純子は当然、選ばなかった。

「ほんとにいいの? じゃあ、次」

 一枚、絨毯の上に置き、先と同様に、次のカードの端をわずかに押し出す。

 純子は、この二枚目のやつを選んでもよかったのだけれど、何となく警戒心が働いたのと、「三」が好きなせいもあって、三番目を待った。

「これでいいんだね」

 相羽は特段、表情を変えることもなく、純子が指定した三枚目のカードを渡してくれた。

 受け取ったカードをめくってみた純子は。

「――! 嘘っ」

 思わず、カードを取り落としそうになる。

「な、何でジョーカーなのよ!」

 純子の言葉に、傍観していた二人も怪訝な表情をなし、口々に「そのカード、見せて」「本当かい?」などと言い出した。

 純子はジョーカーを二人に示してから、相羽の顔をきつく見据えた。

「またやったわねっ、手品!」

「涼原さんの見間違いじゃない?」

「ごまかさないでよ、もうっ。変なことすると思ったら……」

「ははは、ごめん。謝る。確かに手品を使いました」

 あぐらをかいたまま、大げさに頭を下げてきたので、それ以上の追及はできなくなってしまう。

 純子が振り上げた拳の下ろしどころがなくて困っている間に、ルミナが尊敬するような眼差しで相羽に話しかける。

「すごーい。どうやったの? 他にもできる?」

「できなくもないけど」

 あやふやな返事の相羽。

(はっきり、できるって言えばいいじゃないの。ふんっ)

 内心、いらいらして、知らず知らずにふくれっ面になった純子。

 ルミナが、手品を見せてほしいとせがんでいる。どうやら、ババ抜きはこの回で終わりらしい。

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