第9話 西の赤い陽射しを受けながら
「本当にそうかしら」
「自信持って。ここまで来たら後戻りできない。違う?」
「……うん」
心の中で、相手の言葉を噛みしめる。
(やっぱり、励まされちゃった。いてくれてよかった)
また元のペースに戻って歩きながら、純子は口調を改めた。ことさらに冗談めかす。
「それで、相羽君は、どう思った? 私のさっきの格好」
「……ごめん、よく見てなかった」
困ったように笑う相羽。
「本に夢中で」
「……」
どう答えていいのか、困ってしまう。
(なあんだ)
それが純子の、今の素直な感情。
「一つだけ言っておくとね」
食堂の手前で立ち止まると、不意に相羽が言い足した。
「何よ」
「前にも僕は、斉藤さんがモデルをするのを見ていたことあるんだけど、そのときのあの子だって、胸は小さかった」
「……それが?」
分からず、首を傾げる純子を置いて、相羽は食堂に入って行く。
部屋には、斉藤ルミナと英弘を含む何人かがいたので、話は曖昧なまま終わってしまった。
撮影の第二部も滞りなく終了し、明日の飛行機で発つまでのおよそ二十四時間、丸々フリーとなった。
子供達は、食事の準備ができたら呼ぶと言われているので、気楽に待つ。
純子は一人で砂浜に出て、夕刻、沈み行く太陽を遠くに眺めていた。乾いている場所を見つけ、長いスカートを折り畳むようにして、膝を抱えて座る。
太陽はすでに、水平線の向こうに半分以上隠れており、周囲を照らす光もオレンジ色から赤に変わっていた。
ときどき吹いてくる風が、純子の髪を流す。やっと涼しくなってきた。
(と言うより、昼が暑すぎたのよね)
髪を指で梳きながら、思う純子。
(夜になったら、星がきれいよね、きっと? 沖縄なら、南十字星も見えるんだっけ)
知識の記憶を手繰っていると、砂を踏む足音が聞こえた。一人だ。
振り返ると同時に、相羽が話しかけてきた。
「ご苦労様」
「……ルミナちゃんと話して、遊んでたんじゃないの?」
立とうかどうしようか迷っている合間に、隣に相羽が腰を下ろす。
「英弘さんが暇になるまでだから。そんなことより、疲れたんじゃない? こんなところで一人、ぼんやりしてるなんてさ」
「ううん。今のこれは……興奮してるって言うのかしら。身体が火照ってる感じがしたから、ちょっと冷まそうと思って」
そう答えてから、顔を心持ち相羽へ向けて、舌先を覗かせた。
「それに、少ーし、落ち込んでたから」
「え? 何で?」
眉をしかめ、ぎょっとしたように腰を浮かしかける相羽。
「そんな、慌てないでよ。おやつの前にも言ったでしょ、ルミナちゃんを見てたら、とてもかなわないなあって感じたって」
「あ、あのこと」
ほっと息をつき、相羽はまた座り直した。
「ちょうどいいや。この際だから、はっきり言うよ」
「何を?」
首を傾げ、聞き返すと、相羽は真っ直ぐ海の方を見つめたまま、答えた。
「モデルをやるかやらないかは、君自身が決めることだから何も言わない。ただ、涼原さんが涼原さんらしくできているときは、モデルでも何でも……凄くきれいだと思う」
相羽の横顔、その表情は変わらない。
けれども、純子は。
(え? え? 何て言ったのよ?)
顔が熱くなり、両手を頬に当てる。頭の中もかっかしてパニック状態だが、何とか落ち着こうとする。
(……こいつったら~。またからかって。そんな歯の浮くような言葉が、よく出て来るもんだわ!)
心ではそうまくし立ててみたものの、口には出て来ない。
それは、相羽の様子が真剣で、自然だったからかもしれない。
「……ありがと」
言葉がやっと出た。
「その、お世辞でも嬉しい」
「お世辞じゃないんだけどな。何て言うか……生き生きしてるという意味で言ったんだ」
口をつぐんだ相羽は、どこか不満そう。
純子は、自分のことだけに分からず、目を何度もしばたたかせる。どう応じていいのか、見当つかない。
「そろそろ戻らない?」
いくばくか時間が経った頃、相羽が持ちかけてきた。
腰を浮かした相手を見上げながら、純子が答える。
「まだ呼ばれてない」
「あれ、忘れてる?」
「何をよ」
「宿題。どっさり出たから、持って来てるでしょ」
「――そっか!」
叫んで、純子も急いで立ち上がった。
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