第7話 サングラスのわけ

 焼けていない白い肌。それがAR**の注文であるので、先に水着姿の撮影を行う運びである。

「あちゃあ……やっぱり」

 あらかじめ渡された衣装類の中から、セパレーツの水着を見つけ、純子は顔をひきつらせそうになる。

(前に小栗のおじさんが、手術の痕がないかって聞いてくるから、ひょっとしてと予想しないでもなかったけれど……ビキニなんて)

 赤い上下を手に、考え込む純子。サイズはこちらに来る前に測っているから、心配ないのだが。

(これじゃあ、ひょっとしたら、相羽君に来てもらわない方がよかったかも)

 知らず、両手で水着を、くしゃくしゃともんだ。

 弱気になる純子の背中へ、明るい声が。

「よし、できた。純子ちゃんはまだぁ?」

 もちろん、ルミナ。浴室の脱衣所を使って、二人一緒に着替えている最中だ。

 見れば、明るい黄緑系を配色した、同じくビキニタイプの水着が似合っている。むしろ、着こなしている、という感じだ。

「あ……まだ」

「手伝ってあげようか」

「い、いえ、いい」

 慌てて手を振って、再び背を向けると、衣装を身に着けにかかる。

(どこからどう見たって、負けてる)

 上だけ着替え、肩越しにちらとルミナを振り返った。

 視線の先、胸には形のよいふくらみが二つ。

(かなうわけないじゃない。向こうは何年もやってるプロのモデル。私は続けるかどうかも決めてない、成り行きで始めた駆け出し)

 と、自らを慰めてみたものの、胸のことはこの頃特に気なるだけに、簡単に吹っ切れない。自分の胸へ、そっと左手を当ててみた。

 ……息を静かについて、純子は下の着替えに取りかかった。

 着替え終わると、メイクさんから肌に手を入れてもらい、そのまま連れ立って外に出る。太陽がまぶしかった。

 堂々と振る舞うルミナとは対照的に、純子はこそこそ。人――特に女の人の陰に隠れるようにして歩く。

(恥ずかしいと言うより、こ、恐い……)

 撮影スタッフの中には、今日初めて会ったばかりで、純子の全然知らない人だっている。よく知らない人の前に、水着姿で立つなんて。

(おばさんは……忙しそう)

 数人と、また何やら話し込んでいる相羽の母の、どことなく緊張感ある様子に、純子は頼るのをあきらめた。

(……相羽君は……)

 すがるような思いで、同級生の姿を探す。

 両腕でお腹を隠しながら、首を巡らせてみたが、なかなか見つからない。プライベートビーチには、純子から見て左手に撮影スタッフの一団が、右手にどこまでも続く白い砂があった。

(……ひょっとして、建物から出て来ないつもり? あーん、そんなの)

 弱り顔になった純子は、その刹那、撮影スタッフの人だかりの向こう、少し離れた位置に、ビーチパラソルを見つけた。その傘の下、白い長椅子を置いて寝そべっているのは、真っ黒なサングラスを掛けた……少年。海パン姿の上から、水色のパーカーを羽織り、両手でしっかり、文庫本を支えている。

「あ、まさか」

 右手で胸元、左手でお腹を抱くような格好のまま、小走りで駆け出す。

 サングラスの少年は、本を読むのに夢中らしい。微動だにしない。

「相羽君?」

 頭の側に回り、背を屈める純子。

 すると少年は、今気付いたという風情で頭を動かし、次にサングラスを額の上に載せた。

「何か用?」

 ちらっと純子の方を見やるなり、相羽はまたサングラスを下ろすと、本に視線を戻しながら聞く。

「ちょっと。随分、偉そうね」

「うん? 泳いどきなさいって言われたんだ。でも、一人で遊んでも面白くないし、一歩間違えると撮影の邪魔になるから、こうやって待とうと思って」

「寝転がるのはいいとして……」

 素早く手を伸ばすと、サングラスを掴んで取り上げた純子。

「あっ」

「これは、いらないでしょうっ」

 純子が再び立ち上がり、右手を真っ直ぐ掲げるのへ、相羽は器用に椅子の上で身体を反転させ、片膝を立てた。

「よせよ」

「格好つけるのは、まだ早ーい。下手な変装みたいよ」

「格好つけてるんじゃなくて」

「じゃあ……」

 聞き返す途中で、見上げてくる相羽の視線に気付いた。どこを見ていいのか、戸惑っているらしく、瞬きの間隔もやけに短い。

 純子も、一気に顔が火照ってきた。

(すっかり忘れてた!)

 知らない人相手も恥ずかしいけれど、同級生の男子に見られるのも結構、勇気がいるものだと実感。スクール水着とはわけが違う。

 身を縮めるようにしながら、右手だけ前に差し出す。

「あは、は……ごめん、返すわ。早くかけて」

「……」

 相羽は視線を若干下に向けたまま、無言でサングラスを受け取り、手早くかけ直す。そして再び、本を開いた。

(ひょっとしたら、気を遣ってくれてたの? わざわざサングラスを用意してまで)

 そんなことを考える純子の背後で、若い男の声で招集がかかった。

「お待たせーっ! ルミナちゃん、純子ちゃん、こっち来て!」


 二人とも、都合四度も水着を替えた。つまり、最初のを含めると、五通りのパターンを撮影したことになる。色違いの分も数えれば、今度の広告は二人で十種類の水着を一度に紹介することになりそうだ。

 内、二着は完全なビキニタイプで、普通の小中学生が着るとは思えないような物。他は、一つは大人しめのセパレーツ、残る二着がワンピース型だった。

「あ!」

 水着の撮影が終わって、パラソル付きテーブルで休んでいる純子に、声が飛んだ。メイクの桐川だ。

「な、何ですか?」

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