第5話 もっと知りたいけれども
(……タイプが違う、かぁ……)
純子は自分の胸を見下ろすと、慌ててリュックを手に取る。隠すために、両腕でしっかりと抱いた。
「ゲートが開いたから、そろそろ行こうか」
英弘が声をかけてきた。
空港に着いたとき、純子の耳はまだ痛かった。
近くでルミナが、「何度来ても、あったかーい」などとはしゃいでいるのが、うるさく感じられる。
気圧の違いをもろに受けてしまい、何度、口をぱかっと開けてみても、うまく耳抜きできなかった。
(痛いーっ。耳鳴りしてる感じ……本を読むどころじゃなかった)
空港ロビーで立ち止まって、額に片手を当てていると、相羽が心配そうに声をかけてきた。
「治まらないんだったら、薬、もらって来ようか」
「い、いいわよ。地面に立ったんだから、もうすぐ戻るって」
「だったら、冷たい物でも飲む?」
その声を聞きつけたらしく、ルミナが足早に歩み寄ってきた。
「ジュース買うんなら、言ってよ。兄貴に走らせるから。英兄っ! ジュース三本、買ってきて!」
荷物が出て来るのを待つ英弘が、肩越しに振り返った。
「俺はマネージャーであって、付き人じゃないんだぞ。何度言ったら分かるんだ、全く」
「いいからいいから!」
ルミナの大声に押される形で、結局、英弘は自販機へと走り、手早く三本の缶ジュースを調達してきた。
「ほら。――純子ちゃんは、大丈夫かい?」
「あ、平気です。久しぶりの飛行機だったから、身体の方がびっくりしちゃったみたいです……」
いつもより小さな声で答えると、ジュースを受け取った。すでに、相羽の手によりリングプルは引かれている。
よく冷えたジュースを飲んで、純子はようやく人心地つけた。
荷物も手元に戻って来て、全員揃って空港近くのレンタカー屋に向かう。
(いいのに)
前を行く相羽は、純子のリュックも持っていた。
「先発隊の人は、どうしてるんでしょう?」
「プライベートビーチで撮影……もう終わってますね、きっと。迎えに来てもらった方が、経費節減になったかもしれない」
英弘の問いに、相羽の母が時計を覗きつつ答える。
「プライベートビーチ?」
聞き耳を立てていた純子は、おうむ返しにその言葉を口にした。
「AR**の保養所があってね、そこを借りるの」
「毎年あそこじゃ、飽きてくるわ。たまには、どこかの島に渡りましょうよ」
ルミナが主張した。
「ルミナちゃん、無理言わないで。そうしたくても、どこを使うかを決めるのは、小栗さんや他のAR**の人達だから。うちは企画を出すだけ」
「分かってまーす。あーあ、グラビア飾るようなアイドルに早くなりたーい」
そこまで言うと、ルミナは兄の前に回り込む。
「マネージャー、もっとしっかり売り込んでよ」
「では、きれいになりなさい。人目を引くようなね。声さえかかれば、どうにでも売り出してやりましょう、お姫様」
英弘の要求に、ルミナはぷっと頬を膨らませた。
(モデルよりも、タレントになりたがってるのね、あの子。それにしたって、凄い自信……)
純子には、遠い世界での出来事のように感じられてしまう。その点、自分は才能ないし、特になりたいわけでもないから気が楽だね、と思う。
「落ち着いた?」
いつの間にか、並んでいた相羽。顔は前を向いている。
「え……うん。荷物、重いでしょ。自分で持つ」
「気にしないの。それより、沖縄、初めてだろう? 感想があったら、聞きたいなと思って」
「そうね」
ちょうどレンタカー屋の手前に着いたので、立ち止まって考える。
「何てったって、暑いわ。ゆっくり歩いたのに、汗が、じわじわ出てきてる。風があったかいんだもん。それに、あ、花。花の香りが、いっぱい。ミックスジュースの工場にいるみたい」
「はは、ミックスジュースの工場ね」
愉快そうに顔をしかめると、相羽は持っていた彼自身の荷物を下に置いた。
「あとで食べてみようよ、トロピカルフルーツってやつ」
「うん。あ、相羽君、沖縄は何度も来てるの?」
「そんなことない。二回目」
「前のときも、相羽君のお母さんの仕事に着いてきたのね?」
「違うよ。家族旅行さ」
「あ……」
気にしすぎかもしれないが、純子は口元を押さえた。
(家族旅行……お父さんのこと、思い出させてしまったかも……)
相羽の表情を見やれば、まるで気にしていないようで、髪をかき上げていた。
「さあ、手続きできたわ! みんな、乗ってください」
相羽の母が示したのは、落ち着いた感じのある緑のワゴンカーだった。
全員が乗り込むと、車は当然ながら保養所に直行。観光は、予定している撮影が全て終了して以降、余裕があれば。
「斉藤さん達はご承知でしょうが、寝泊まりは保養所で。食事は、賄い婦さんが作ってくれます。仕事の詳しい打ち合せは、到着してから」
ハンドルを握る相羽の母は喋りながらだというのに、こなれた手つきだ。スピードを出しすぎることもないので、同乗者全員、不安感は微塵もないだろう。
「果物、あるよね?」
相羽が母親に、そんなことを確かめている。純子は声を立てずに笑った。
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