第15話 バースデープリン
プリンの味見をさせてくれると約束したので、純子は頃合まで図書室で時間を潰した。試験直後で宿題も少ないため、ほとんど本を読んで過ごしたのだが、そのジャンルが推理小説だった。
(ややこしくて恐いだけの話かと思ってたけど、意外と面白いものなのね)
一冊読み終わっての感想。相羽が以前借りていた小説だ。
そして改めて純子は感心した。推理劇の筋を考えた相羽の凄さに。
純子は別の一冊を借りる手続きを済ませて、図書室を出た。調理実習室へと、足早に向かう。
「遅いよ!」
顔を見せるなり、富井のきゃんきゃんした声が耳に響いた。室内を見れば、すでに二年生の姿はなし。一年生の方も、富井と井口の他は純子と同じクラスである二人――町田と相羽しかいない。
「ごめんごめん。本に夢中になってて」
笑ってごまかしながら、席に着く。右斜め前に座る相羽の前には、何で型取りしたのかすぐには分からないほど巨大なプリンがあった。
「くっ。何よー、それ?」
吹き出しながら尋ねる。もちろん、想像はついているのだが。
「バースデーケーキならぬ、バースデープリン。見事でしょ」
井口が胸を張った。その横では、全部食べるのを監視するかのごとく、富井が相羽に声援?を送っている。
「見事と言えば、確かにねえ」
呆れながら、認める純子。
バースデープリンなる物は、幅五センチ、高さ三センチ、長さが恐らく二十センチほどあったであろうと推察される。プリンの柔らかさから言って、これ以上大きくすると自重で潰れそうだから恐らく限界ぎりぎりのサイズだ。相羽はその半分近くまで食べて、今や疲れ切っている様子だ。ただのプリンならまだしも、生クリームや果物がごてごてと飾り付けてあるため、食べきるのはなおさら難しいに違いない。
「ほらほら、頑張って食べてよ」
「もう……入らない。口の中……甘ったるい」
演技なのか、腹を押さえ苦しそうに言う相羽。
「だめよー、最初に約束したじゃない。全部食べるって」
「こんな巨大な物ができあがるなんて……分かってたら、言わなかったぞ……」
「もったいないから、残しちゃだめよ」
状況を楽しんでいるのだろう、富井と井口は顔を見合わせて、いたずらっぽい笑みを見せている。もう一人の町田は、やれやれ気の毒に、という感情が顔に書いてあるも同然。苦笑が絶えない。
「助っ人呼んでいい?」
スプーンを握りしめ、小さな声で相羽が言う。が、即座に却下された。
「だーめ! 相羽君のために作ったんだから」
「じゃあ……『お持ち帰り』をお願いします」
「持って帰れやしないわよ、プリンなんて」
相羽の困り果てた顔を見ながら、純子もプリン――カラメルシロップがかかっただけの普通サイズ――をもらった。スプーンで一すくい、口に入れて、
「ん。おいしくできたのね」
と感想を述べる。よく冷えており、甘みもちょうどよい。強いて言えば、内部に気泡がやや多くて、舌触りがわずかに悪いが、あげつらうほどではない。
「でしょ?」
うれしげに反応する富井。
「こんなにおいしいのを残したら、罰が当たるわよ」
純子も調子に乗って、からかい気味に相羽に言った。
相羽の方は、恨めしそうに見返してくると、ふうっと息をついた。
「これ以上食べると、晩御飯が入らなくなるよ」
「あ、もしかして、誕生日だからごちそうとか?」
相羽の表情を覗き込むようにして、井口が尋ねる。
「多分。いつも通り、大量に作るんだろうな、母さん。ケーキだって買ってくれてると思う」
ここぞとばかり、逃げを打つ相羽。そこへ、町田が聞き返した。
「相羽君のお母さんの腕前なら、きっとおいしいんでしょうね」
「さあ? よその家の味を知らないから比較できないけど……でも、自分は好きだ、母さんの作る料理」
「自分の親なら、当たり前じゃないの」
純子は思ったままを言った。すると富井が反論。
「そうでもないわよう、純ちゃん。うちの親なんか、煮物が下手でさあ。芯まで煮えてなかったり、味が塩辛すぎたり。あんまり食べたくないなあ」
「私のところ、お父さんが南の方で、お母さんがこっちでしょ。味付けのことでよく喧嘩してたよ。味が薄い、濃い。だしは昆布、いや鰹だ……ってね」
今度は井口が家庭の料理事情を話した。
「今は仲よく、折り合ってるけどさ」
「私の家は、冷凍食品が多いのよねえ。そりゃあ、共働きで大変なのは分かるけど、電子レンジで温めるだけってのはやめてほしいもんだわ」
町田がぶつぶつと言った。ここで不満をぶちまけられても、対処に困る。
「純ちゃんとこは? 何かない?」
富井から尋ねられ、いつからこんな話になったのよと疑問に感じつつ、純子は考え考え口を開く。
「うーんとね。一言で表せば、私の家は魚党ね。フライ、煮物、鍋のどれを取ってもたいてい魚。たまにハンバーグや鶏の唐揚げなんかをリクエストしたら、晩御飯じゃなくて、お弁当に詰め込まれたこともあったっけ」
「健康的と言えば健康的じゃない? 肉より魚の方が、ヘルシーって感じよ」
「でもないみたい。所詮は食べる量だから。――あ」
いきなり叫んで、純子は前方を指差した。周りの女子三人も、そちらを向く。
「逃げる!」
相羽が、そーっと席を離れようとしていた。机の大皿には、プリンがまだ半分。
「見つかったか」
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