第14話 好きな物が重なると
「やあ。君も」
視線を棚から純子へと移す相羽は、分かった風な口を利いた。
「クラブがあるんじゃないの?」
「まだ少し時間ある」
再び棚に視線を戻した相羽は、一冊の本を引き抜いた。イラストや写真がふんだんに盛り込まれた、古生物に関する一種の図鑑だ。
「あっ、それ、私も見たいと思ってたのに」
「やっぱり。昨日のニュースだろ。恐竜の化石」
「そうよ。……さっきの言葉、そういう意味だったのね。『君も』だなんて」
「そうそう」
生返事をよこす相羽は、すでに本の記述に夢中になりつつあるようだ。その右隣から手元を覗き込む純子。
「席に移ろうか」
純子の視線が気になるのか、それとも立ったまま図鑑を支えるのが疲れるのか、相羽はそう持ちかけてきた。同意する純子。
閲覧席の端っこの椅子二つに並んで座り、二人で本を覗く。相羽は左手で本の偶数ページを、純子は右手で奇数ページを押さえる形。
「めくっていい?」
「いいよ」
そんな会話が三度繰り返され、お目当ての項目は終わった。
「もう行かなきゃ。まだ見てる?」
席を立った相羽が見下ろしてくる。
「見ないなら、棚に返しておくけど」
「いいから、早く行きなさいよ。遅れたらみんなに迷惑でしょ」
「それじゃあ――モデルのこと、本当にごめんな」
小脇に鞄を抱え、相羽は足早に出て行く。
(全く、急いでるときぐらい、気を遣わなくていいのに)
息をついてから、純子はまた本を適当に開いた。
そのとき、夕陽が遮られ、影ができた。純子の後ろに誰かが立ったのだ。
「――白沼さん」
座ったまま振り返ると、白沼の色白の表情があった。色白と言っても今は逆光の位置なので、判然としない。
「仲がよろしいこと」
とげとげした口調でいきなり言われ、純子はしかめっ面をした。
その間に、白沼は純子の左隣の机に手をついた。
「相羽君のことあまり知らないだなんて、よく言ってくれるわ」
「あ……さっきの、見てたの」
「並んで座って、一冊の本を覗くなんて、普通じゃないわね」
きつい視線でにらまれて、純子は肩をすくめた。
「やだ、誤解だわ。さっきのはたまたま、私と相羽君が同じ本を見たくて、時間がなかったから、ああしただけ」
「ふうん。そうなの」
口ではそう言ったものの、まだ疑いの眼差しをやめない白沼。やむを得ず、純子は説明を補った。
「前に言ったはずだけど、相羽君は化石に興味があって、私もそうなの。それで、昨日、ニュースであったでしょう? 化石が見つかったって」
「それを調べに来たと言うのね。趣味が一致して、うらやましいわあ」
「だからぁ……」
ほとほと困り果てる。しばし考え、言った。
「相羽君とは友達よ、友達。気が付いたら友達になってた。それだけ」
「――ま、いいわ」
うなずく白沼を見て、ようやく一息つけた純子。
「それじゃあ、友達として見て、相羽君には好きな子がいるのかしら?」
「え?」
「だって、おかしいじゃない。私のプレゼント、拒むなんて。女の子から贈り物されたら、特に嫌いじゃない限り、普通は喜んで受け取るはずよ。それなのに、朝、あんな……」
力説する白沼。
(やっぱり、相当プライドが傷ついてるような……。厄介な感じだわ)
純子は相羽の方が気の毒になってきた。
「だから、相羽君に好きな子がいると考えるしか、納得できないのよ。ねえ、そう思わない?」
「……ええっと、白沼さん」
「何よ」
「相羽君にそういう相手が仮にいるとして、それを知って、あなたはどうする気なのか聞きたい。あきらめるの?」
「とんでもないわ」
白沼は即座に意志表明する。
「いるんだったら、やり方を変えてみるつもりよ。それに、相手の子がどういうタイプなのかを知った方が、対策も立てようがあるじゃないの」
「はあ」
やっぱり。純子は思った。
「で、どうなのよ。いるの、いないの?」
「うん……噂では、いるみたいよ」
敢えて、「噂」ということにした。
(相羽君の口からも聞いたけれど、事実をそのまま伝える必要もないよね)
「六年のバレンタインのとき、本命からはもらえなかったって言ってたみたい」
「そうなんだ? 名前は分からないのね?」
「うん。私、思うんだけど、ひょっとしたら、前の小学校のときに、好きになった子かもしれないし」
「なるほどねえ。よし、ありがと。どうにか立ち直れた感じ。変な言い方して悪かったわ。ごめんなさいね、涼原さん」
「い、いえ。別に気にしてないから」
最初とは態度を豹変させた白沼に、純子は気味悪くなっておずおずと返事。
「他に何かない? 相羽君のこと」
「う、うーん。とりあえず、相羽君狙いの子は多いとだけしか言えない。バレンタインのときも凄かった」
「そうでしょうね」
白沼は腕組みをして、うんうんとうなずいた。私の見る目に間違いなかったわ、とでも言いたげな身振りだ。
「涼原さん、あなた、相羽君と自然に友達になれたのって、どんなきっかけがあったのよ? ラッキーと思うんだけど」
「あはっ、そ、そうかな。ほんと、気が付いたらなってたのよね。あははは」
純子は苦笑いで答えるしかなかった。
(とても自然とは言えないきっかけなのに)
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