第13話 現地に来るという言質を取る

「それより、純。郁や久仁に言うの?」

「そのつもり。二人とも、白沼さんのことを全然知らないだろうけど」

「知ったら、焦るんじゃないかな」

「それは……白沼さんの方が見た目よくて、成績もいいから?」

「ええー? そんなこと、言ってませんわよ」

 おほほほと、わざとに違いない笑い声を立てる町田。どうやら、純子に言わせようと引っかけたらしい。

「ひどーい」

「冗談だって。ま、あの二人なら、新たな強敵出現ということで、逆に燃えるんじゃない?」

「どうかしらね。今日があいつの誕生日だってこと、認識してるのかどうかさえ、あやふやよ」

 純子が言い切るかどうかの間際に、チャイムが鳴った。朝の休み時間は、相羽と白沼の騒動で塗りつぶされた観があった。


 昼休み、給食が終わってから、純子は相羽に呼ばれて、廊下に出た。

「朝一で話すつもりだったのが、あんなことがあったから」

「それはいいけど、何の話?」

「……モデルの話で、また迷惑かけることになったみたいだから……」

 目を合わせたくないのか、しきりに頭を動かしながら、相羽が言った。

「ああ、それ? 相羽君が気にしなくていい。私が自分で決めたの」

「――本当に?」

 相羽の視線が一点に静止する。その様がおかしくて、純子はくすっと笑えた。

「本当よ。もちろん、不安もあるけれど、もう少しやってみたいなって思えたから。おばさんも喜んでたから、いいじゃない」

「そ、そりゃそうだけど、涼原さん、無理してないか? もし無理してるんだったら、僕は……嫌だ」

「あはっ、大丈夫だってば」

 相羽の心配ぶりが意外と真剣なのを見て、純子は笑顔を作った。

「恥ずかしくても、やってみたくなるのよ。これって、あの推理劇に出たせいかもしれないわよ。見られる快感、なんてね」

「名前は……」

「え? あ、名前ね。前と同じで、出さないようにしてくれるって」

 対して、相羽は口では何も反応せず、ただ深く息をついた。

「沖縄も、楽しみ! そう言えば、変ね。相羽君も来るって聞いたのに」

「何? 知らないよ、そんな話」

 瞬きが激しくなる相羽。本当に知らなかったらしい。

「え、だって、知らない人ばかりだとつまらないだろうからって、おばさんが……。『うちの信一でよかったら』って」

 純子自身は、水着に躊躇したものの、「相羽君が来るなら、元気づけられる」

と思って、引き受ける決心を着けたのだ。

「母さん、いつの間に……」

 途方に暮れたように、廊下の壁に身体を預ける相羽。そのまま、ずるずると腰を落としてしまった。

 そんな相羽を、見下ろす格好で純子が言う。

「できれば、郁江達と行きたいところだけで、それは無理だもんね。相羽君で我慢してあげる」

「……」

「まさか、行かないの? そんなの嫌よ。知ってる子がいないと、面白くない」

「……分かりました」

 相羽はまたため息をつくと、疲れたような笑顔で見上げてきた。


 今の時期、三年生は修学旅行の準備のため、部活動に顔を見せることは少ない。故に、部活直前の部屋にお邪魔するのも、比較的気が楽だ。

 というわけで、純子はまた、調理実習室を訪ねていた。

「そうだったのぉ!」

 しまったという顔を作ったのは、富井だ。ちなみに相羽はまだ現れていない。

「今日が誕生日だなんて、知らなかった……不覚」

「何で私ら、卒業アルバムに気付かなかった~!」

「そ、それで白沼さんて子が、積極的にね」

 と、純子が白沼の振る舞いを説明しても、富井や井口はさほど気にならないようだ。目下のところ彼女達が気にしているのは、相羽にプレゼントする絶好のチャンスをこのままではみすみす逃しかねない現状だろう。

「どうしよう、久仁ちゃん? 今から買いに行く?」

「そうね、せっかくの機会なんだから」

「大事な相談中に、失礼しますが」

 割って入ったのは町田。やけにしゃちほこばった口調だ。

「今日は何を作るんでしたっけ、お二人さん?」

「はい? 知ってるくせに。プリン」

「そう、お菓子よ。つまり、誕生日プレゼントにしてもおかしくない。飾り付けを工夫すれば、誕生日おめでとうのメッセージだって入れられる。これよ」

 井口と富井の表情が明るくなった。

(同じように相羽君も作るんだから、よっぽど工夫しなくちゃ)

 いささか気の毒に思いながら、純子はやり取りを楽しく感じていた。

「私にもプリン、味見させてね」

 純子はそう言い置いて、図書室に向かった。

 今日は当番の日ではない。調べたいことがあるのだ。

 入ってすぐのカウンターで受け付けをする他のクラスの委員にちょこんと頭を下げてから、本棚の谷間に潜り込む。目指すは辞書・辞典のコーナー。分厚い百科事典を引っ張り出し、ページを繰る。

「――あった」

 小さく叫んで、じっと見入る。

 昨日、ニュースでやっていた、F県での恐竜の化石発見の報に触発されて、見つかったとされる肉食恐竜について知りたくなったのである。

(白亜紀中期から後期にかけてアジア大陸全般に生息した大型肉食恐竜、か。ティラノザウルスよりは小さいけれど、メガロザウルスぐらいはあったのね)

 百科事典に載っている分だけでは、やや物足りなかった。今度は専門の分野を当たってみようと、純子は生物や化石についての本がまとまっている場所へ移動した。

 ――と、先客がいた。

「相羽君じゃない」

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