第12話 相羽の反応は?
「違うよ」
相手にしてられなくなったのか、目線を外し、即答する相羽。
(もったいないことするわね)
じれったさから、純子はつい、現実的な思考をした。
(好きな子がいるって言ってたけど、そんなに大事なのかしら)
「じゃ、今、もらってくれていいじゃない」
相羽の返答を、白沼は別の意味に受け取ったようだ。手にした箱を、半ば押しつけるように出す。
「これ……中身は何?」
悠然、いや、超然とした物腰と動作で箱を指さす相羽。
「やあね、開けてみてのお楽しみよ」
「もしかすると、腕時計?」
「……どうして分かったの?」
狐につままれたように、ぽかんとする白沼。恐らく、こんな様子の彼女を見た人はいないのではないかと思わせるほど、普段の知的で落ち着いた感じからかけ離れていた。
「あれ、当たっちゃったか? 参ったな。はは」
頭に片手をやり、相羽は笑い始めた。
「あ、笑ってる場合じゃないよな。ごめん、白沼さん。箱の形から適当に言っただけだよ。シャープペンシルみたいな筆記用具か、腕時計ぐらいしかないだろうと思って。僕が腕時計していないのは見れば分かることだから、わざわざくれるとしたらこっちの可能性が高いかなと考えたら、当たってたみたい」
「――すご」
周りから声が上がっている。
(当てるなんて……確かに凄いかも。でも!)
自分の席に座ったまま、様子を見守る純子は、両拳で机を叩きたい衝動に駆られていた。
(わざわざ言わなくたっていいじゃないっ。相手に恥をかかせるようなことして。言うんだったら、せめて二人きりのときに。あ、でも、みんながいる場所を選んだのは白沼さんの方だから……どう考えたらいいのかしら、これって)
「とにかく、もらって。使ってよ」
長い髪を一つかき上げると、気を取り直した風に白沼は言った。だが、相羽の返事は相変わらずであった。
「使いたいけど、僕、腕時計はしないことにしてるんだ」
「ええ? ……理由を教えて」
「必要ないから」
あっさりした答に、白沼はがっくり来たらしい。続く言葉は、もはや金切り声に近い。
「納得させてよ。腕時計があった方が、便利じゃないの」
「そうかなあ」
説明が面倒と思っているのか、間延びした声の相羽は、後頭部を指先で二、三度かいた。
「学校にいる間は、どこかに時計があるよ。教室にだってあるし、チャイムだって鳴るしさ」
「外は? 外ではあった方がいいでしょっ」
「見回したら、時計なんてどこかに一つぐらいある。通学路だけでも、公園やスポーツセンターの時計がよく見通せるんだ。知らない?」
「……かもしれないけど……道端で時間が気になったときは、どうなの?」
なかなか引き下がらない白沼。みんなの前でプレゼントを渡そうとした手前もあるに違いない。
相羽はしかし、この質問にも簡単に答を示した。
「そういうことは滅多にないな、僕の場合。まあ、時間を知ろうと思えば、簡単だよ。駐車してある車を覗きに行くんだ。ちょっと見えにくいかもしれないけど、車内の時計がアナログだったら、読み取れるから」
しんとする。さっきまで盛り上がっていたのが、嘘のようだ。
「……おまえ」
静けさを破ったのは、唐沢だった。相羽に話しかける。
「理屈を考えるの、うまいな」
「考えたんじゃなくて、前からそう思ってるんだよ」
「じゃあ、受け取ってやれって。何が嫌なんだ」
「嫌じゃないけど……」
白沼へ視線をやる相羽。
「そう……。そんなに受け取りたくないわけ」
白沼の声の調子が変わる。とにかく、低い。
「そういう意味じゃなくてさ、つまり、腕時計ならもらっても仕舞ったままで、使わないからもったいない」
「腕にはめなくてもいいから、家に置いておくだけでいいから、受け取ってよ」
「……いいよ」
根負けした感じで、軽く両手を挙げた相羽。
すると、白沼の態度が再び一転した。
「ほんと? うれしい!」
抱きつかんばかりに相羽の手を取ると、腕時計の入った箱を握らせる白沼。
「私の立場、考えてくれて、ありがとうねっ」
「そ、そういう意味でもないんだけど……」
弱り切った様子の相羽。箱を持つ手に、戸惑いが如実に現れていた。
(変な感じ!)
そこまで見届けた純子は、笑いそうになっていた。
(白沼さんは相羽君の切り返しに戸惑ってたし、相羽君は白沼さんの押しの強さに困ってるわ! あんな顔する相羽君、初めて見た。うん、これなら、白沼さんが押し勝っちゃう場合、なきにしもあらずってとこね。このこと、郁江達に教えてあげなくちゃ)
声に出して笑ってしまわないよう努力していると、町田がやってきた。
「やられたわ」
彼女の第一声に、全てが込められていると言って過言でない。
「芙美は結局、相羽君狙い?」
「一本槍じゃないわよ。基本的に、手広くやってますから。それにしても、相羽君に白沼さんはねえ、ちょっと。似合わない感じがする」
「そう?」
「具体的にどうこう言えないけれども、噛み合わない印象ってとこね」
これには今のところ同感できたので、純子は黙ってうなずいた。委員長と副委員長として見ればさして違和感はないのに、カップルとして見れば噛み合わない感じが多分にある。
(でも、だからこそ、相羽君をうまく振り向かせられるかもしれない。そんな気もするんだけどな)
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