第11話 あっちもこっちも積極的
「私からもお願いするわ」
相羽の母にも微笑まれて、純子は弱ってしまう。
「あの、あの……今度で終わりじゃないんでしょうか……?」
「ええっ? そんなもったいないこと、できませんよ」
びっくり目を作ってから、笑い飛ばす小栗。
「これはお母さんにも見ていただきたいんですが、この通り」
と、脇に置いていた黒い鞄から、一枚の紙を取り出した。
「契約書も用意させてもらってるんです。条件などは話し合って、これから記入したいと考えています」
契約書と聞いて、純子は目が点になった思いがした。
(こんな大げさにする必要なんて、あるのかしら?)
呆気に取られてしまう。
「どこかプロダクションに所属していただいていれば、また別の形になるのですが、なにぶん、希なケースですので」
相羽の母が純子の母へ、目線を送りながら説明する。
「――っと」
澄ましていた純子の母も、これには戸惑った様子。
「その、よく分からないので、おかしな質問をするかもしれませんが、相羽さん。こういう契約って、結ばなければいけない物……」
「いえ、そうではありません。ですが、常識的に言って、たとえばAR**の広告に出ている人が、同じ衣料関連の他企業の広告に出るのは問題があるのは、お分かりいただけますでしょう?」
「ええ、分かります」
「それをはっきり約束してもらうために、最低限、こういう覚え書きを交わしたい。そういう意味なんですの。その他、条件面で取り決める点があれば、小栗さんが言われましたように話し合いということで」
「はあ……。では、プロダクションに所属するしないというのは……」
「こちらはもう、純粋に仕事の話になります。簡単に言いますと、仕事を受けやすくするということに尽きますわね。涼原さんの方でご希望でしたら、私の事務所に近いプロダクションを紹介します」
「――どう、純子?」
母親に聞かれて、純子は慌てて首を振った。
「や、やだなあ、お母さんまで。そんな、他からも仕事を頼まれるはずないでしょ。AR**の仕事だけで、充分」
「これは、嬉しいことを言ってくれる」
馬面の小栗が、口を押さえて笑みを漏らす。まさしく機嫌のいい馬みたいだ。
(AR**の仕事だけで手一杯、という意味なのに……)
純子は内心、冷や汗をかいた。今さら言い直しも利かず、身を縮める。
「それでは、ひとまず、次回のモデルは引き受けてもらえると受け取ってよろしいでしょうか、涼原さん? 純子ちゃん?」
「う、うん」
すっかり子供に戻って、うなずく。その横から、母親が口を挟んだ。
「あの、すみませんが、その内容を……」
「そうでしたね。急な話なんですが、再来週の土日にも沖縄へ飛んでもらって」
「沖縄? って、あの南の……」
唐突すぎて、素っ頓狂な声を純子は上げてしまった。
「そうですよぉ、うちの恒例になってましてね。そこで、ルミナちゃんと一緒に――あ、前にも話したよね。うちの広告にずっと出てもらってるモデルの子」
「はい、聞きました」
「その子と一緒に、夏物をね。あ、盲腸や他の手術をやったことはないですか」
「盲腸?」
戸惑う純子に代わって、母が答える。
「純子は、手術するような大きな病気はやっていませんが……それが何か?」
「よかった。水着もありますからね」
小栗のさらりとした言い様に、聞き流しそうになった純子。でも、一瞬の間をおいて、気が付く。
「み、水着ですか!」
純子に対して、小栗だけが「はい」と答えた。
純子の母はもちろん、このときばかりは相羽の母も、困ったような苦笑いを浮かべていた。
試験が終わってすぐ、その日は来た。
朝休みの時間、純子が、相羽君が来たなあと意識するともなしに見やっていると、着席した彼に、白沼が近付いて声をかけるのが分かった。
「相羽君。はい、これ」
「ん?」
座ったまま、ぼんやりと見上げる相羽。彼の目の前に差し出されたのは、細長い箱。手の平を縦に少しはみ出す程度の大きさで、きれいに包装されており、水色のリボンが十字にかかっている。
「何、白沼さん?」
「受け取って。お誕生日おめでとう」
教室にいるたいていの者に、彼女の声は聞こえただろう。たちまち注目を浴びる事態に。
(わぁ……やっぱり、白沼さんて積極的だわ)
純子はこうなるのを予想しないでもなかったから、比較的平静に受け止め、状況を見守ることができる。
「へえ、今日、誕生日なのか」
隣の席の唐沢は、日付の方に注意が向いたようだ。
「そうだけど」
相羽は戸惑った顔つきで、再び白沼を見上げた。まだ箱を受け取っていない。
「どうして白沼さんが知っているの」
「もちろん、調べたのよ」
強く言い切る白沼を見ていると、純子は冷や冷やした。
(私の名前、出さないでよ。下手したら、郁江達から恨まれるっ)
幸い、相羽本人はそんな細かい点までは気にしなかったらしく、深く問うことはなかった。
「ね、受け取って」
「ないことないわよ。誰でも人の誕生日を祝福していいはずよね」
「だったら、僕だけじゃなく、他の人にもあげたら」
ため息混じりに言う相羽だったが、それに被せるように、外野から声が飛ぶ。
「何、遠慮してんだよ、こいつぅ。分かってるくせに」
「白沼さんも、相手のことを考えてやらなくちゃ。この状況じゃ、もらいたくてももらえないぜ」
それに反応して、白沼が口を開く。
「そうなの、相羽君?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます