第10話 モデル再び

「嘘じゃないよ。母さんが言ってた。できれば涼原さんのお母さんと一緒に、話を聞いてほしいって」

「だ、だ、だって、二月のあれは冗談で……じゃなくて、成り行きでやったけれど、あのとき限りの」

「母さんだって、分かって言ってる」

 相羽の口調は、やるせなさを帯びているような節がある。

「AR**の頼みは断りにくいって……。だから、直接話を聞いてもらって、それから判断してもらおうってことらしい」

「前と同じ、AR**の服のモデルなのね?」

「多分。母さん、困ってる様子だったから……。涼原さんには迷惑な話だろうけど、この通り、頼む。会ってから、断ってくれればいいから」

 相羽は純子の前で回って、立ち止まると、真剣な眼差しで言ってきた。

「……いつ?」

「え? じゃ、聞いてくれる?」

「お母さんの都合もあるから分からないけど。私はいいわよ、聞くぐらい」

「ありがとうっ」

 よほど嬉しかったらしく、相羽は純子の手を取って上下に何度か振った。

「ちょ、ちょっと。それよりも日時と場所!」

「あ、そうか。今度の日曜日はどうかって言ってた。それがだめなときは、その次の日曜。時刻と場所は、涼原さんの方の都合に合わせるって」

「日曜日自体がだめなときは、どうするのよ」

「……さあ?」

 戸惑った体で首を傾げる相羽。そこまでは指示をもらってないらしい。

「とりあえず、だめなときでも電話してくれたらいいんじゃないかな? よく知らないけれど、急いでいる風だった」

「何だか、曖昧な話」

 どうも引っかかる。腰に手を当て、相手を見返した。

「普通は、あなたのお母さんから、私のお母さんにお話があるものじゃない?」

「知るもんか。母さんは、まず本人に話すべきねって。所属してもらっているんじゃないからとか言って」

「ふうん」

 分からないなりに解釈して、うなずく純子。

「しょうがないわね。多分、今度の日曜は分からないけど、その次なら大丈夫。今夜にでも聞いてみる」

「ありがとう、助かる」

「あなたのためじゃないわよ。あなたのお母さんが困ってるって聞いたから」

「どっちでもいいよ」

 相羽は心底ほっとしたように、額を手の甲で拭った。


 「アストロノート」という喫茶店が、待ち合わせ場所に指定された。

 母と連れだって、時間ぴったりに行くと、相羽の母ともう一人、AR**の小栗が先に来ていた。

「お待たせしました」

 両手を前に揃え、お辞儀する母親に倣い、純子も頭をちょこんと下げる。

「いえいえ。時間通りです。我々が早すぎました」

 小栗が言って、立ち上がると、名刺を差し出してきた。

(あ、そうか。おじさんとお母さん、会うのは今日が初めてだっけ)

 大人達のやり取りを眺めながら、そんなことを思う純子。

 最初の挨拶が済むと、腰を落ち着け、飲み物を注文してから、本題に入る。

「こうしてお会いするのは、他でもなく、純子ちゃんに再度、モデルをしてもらいたいからなのですが、どうですか」

 相羽の母から主導権を渡された小栗の問いかけに、純子の母が応対する。

「大変光栄ですわ。一昨日、娘から今日の話を伝え聞いたときも、二人で、信じられないねって話していたぐらいですの」

 普段に比して、丁寧さの強い母の喋り方に、純子は口元を押さえた。それだけでは足りなくて、下を向く。

「では、お母さんは反対ではない、と……」

 表情を明るくする小栗。もっとも、普段から明るい人のようだが。

 純子の母は、控え目な動作でうなずいた。

「色々考えたんですけれど、結局、この子自身のことですから、本人に任せます。ただ……純子に与えられるのが、どんなお仕事なのか、その内容を知らせていただきたいのです。やはり、親として心配ですし」

「もちろんですよ。今回だけでなく、将来またお願いするときも、お知らせします。それで……」

 小栗の視線が純子に向けられた。柔和な顔が、笑みで一層優しげになる。

「あなたはどうですか」

「はい……」

 静かに答える。迷いがあるのだ。

「正直に言いますね。本当に、半分半分なんです。やってみたい気持ちと、やりたくない気持ちが半々」

「やってみたい気持ちは歓迎しますよぉ。で、やりたくない気持ちが起こるのには、どういう理由があるのか、教えてくれますか?」

「えと……恥ずかしいのと……私なんかでいいのかなって」

「反響はとてもいいわよ、純子ちゃん」

 相羽の母が、勇気づけるように言い添えた。

「出版社の編集部の話では、読者から、名前を教えてくれという問合せが何通か来たそうよ。おばさんのところにも一件、他の企業から照会があったわ」

「そうなんですか? ……信じられない」

「企業の方は、うちと同業なので、ひとまずストップをかけさせてもらっていますけどねえ」

 と、小栗が顎をなでながら、笑う。以前会ったときの、間延びした物腰になっている。

「自信を持っていいんですよぉ。そもそも、何かしら光る物がなければ、おじさんのところの会社だって、二度目を頼みに来やしません。おじさんより偉い人が、『小栗君、いい子を見つけてきたな』って誉めてくれました」

「は、はあ……」

「それもこれも、純子ちゃんのおかげ。そういう訳ですから、私としては、ぜひとも引き受けてほしいんだ」

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