第8話 意外な特技
町田が話しかけてきた。
純子は結局、どこの部にも入らないままでいる。調理部に傾きかけていたが、相羽を追っかけているように勘ぐられるのも癪で、躊躇しているのだ。
「帰宅部で通すつもり?」
「うーん、どこかに入りたい気はあるのよね」
「私としちゃあ、調理部をあきらめてくれて、ほっとしてるけど」
ご飯をぱくつきながら、富井。
そこへ井口が到着。やあやあ、遅い、などと意味に乏しい挨拶を交わして席に収まる。
「純子の入る部? 音楽の関係じゃだめなの?」
「無理だってば。何かないかな」
「入ってた方がいいよ、絶対。今度の試験だって、先生の出題傾向、先輩から教えてもらえたし。それが全てじゃないけれどね」
「それは分かってるんだけど」
今度の試験、純子はその手の情報を町田達から教えてもらって乗り切ったので、その必要性をひしひしと感じている。
「演劇部なんかいいじゃない。台詞を覚えるの、早いし」
「だめよ。六年のときのあれは、切羽詰まってたからできたの」
「相羽君のためにね」
「みんなのため!」
町田の冷やかしを、力を込めて否定する。
「それじゃあ」
と、井口が口を開き、言い終わらぬ内に、扉ががらりと引かれた。
「あ」
相羽だった。調理部なのだから、ここに足を運んで当然。今日の掃除当番だったため、これまでかかったのだろう。頭だけ覗かせ、室内を見回す。
「昼、食べようと思ってたんだけど、邪魔しちゃ悪いな」
つぶやくように言い残し、行こうとする相羽。扉の隙間から窺える範囲では、他に何人かの友達――男子――がいるようだ。
「入っていいのにっ」
出入口に一番近い席の町田が、肩越しに振り返りながら言った。
相羽は足を止めた。
「でも、勝馬達も一緒だから……部員じゃないし」
「そんなこと、気にしない気にしない。ほら、ここにも部外者の純ちゃんがいるんだしぃ」
富井は、純子の方を指さしてきた。
「いや、やっぱり、音楽室にでも行くよ」
相羽の言った音楽室は、調理実習室の二つ隣。
「音楽室で食べちゃだめだよ。怒られるわよー」
井口がまともなことを言うのは、相羽を引き留めたいからかもしれない。
「汚さなければ平気だよ」
廊下で、早く行こうぜという声がすると、相羽は小走りでかけ出した。
「逃げられちゃった」
「鬱陶しがられているのかなあ」
寂しそうに眉を寄せた富井を見て、純子は少し、気の毒になる。だからフォローを。
「他に男子がいるからよ、きっと。調理部での自分のことを、郁江達に喋られたらまずいと考えて、中に入りたがらなかったんだと思うわ」
「そんな心配しなくていいのに……。口止めされたら、ぜーったい、言い触らさない」
箸を持つ手を振り回し、大げさに悔しがる富井を見て、純子はため息をつく。
(フォローの必要、なかったね)
その後、調理部の二・三年生もぽつぽつと姿を見せ始めたので、少し早いが部屋を出ようと決めた純子。きれいに空になったお弁当箱を仕舞い、挨拶する。
「そろそろ失礼します。お邪魔しました」
「あなたが涼原さんよね? 話を聞いて、入ってくれると期待してたのに」
三年の人――南と名札にあるから、きっと部長さん――に恨めしげに声をかけられてしまった。純子としては、苦笑いを返すぐらいしかない。
「他になかったら、ぜひ考えて」
「はい、そうします」
返事して、調理実習をあとにする。
(図書室で時間を……。あ、そうだ)
音楽室の前に差し掛かり、相羽のことを思い出した。
(一応、もう空いたって、言っとかなくちゃ。いつまでも音楽室を占拠させとくのも問題あり)
「あの」
扉の取手に指をかけ、横方向に引っ張る。がたがたっという雑音の直後、中から音楽が流れてくるのに気付いた。
(もういない?)
間違えたのかと想像した純子は、扉を閉めようとした。
が、出入口から真正面に見えるピアノを取り囲んでいるのは、確かに立島や勝馬達だ。相羽の姿は見えない。
「涼原さんか。何かあったの?」
扉の開く音に振り返った男子の内、勝馬が聞いてくる。
「い、いえ……。調理部、もうすぐ始まるみたいよって言いに来ただけ」
ピアノのメロディの中、相羽の姿を探す。曲は、少し昔のドラマのエンディングテーマらしい。ややアップテンポのようだ。
「相羽君は?」
見つからないので、聞き返す。勝馬は相好を崩して、ピアノの方を指さした。
「弾いてる」
「え、嘘でしょ」
「こっち」
信じられない純子は、後ろ手で戸をゆるゆると閉めると、呼ばれるままピアノに近付いた。
(あ――)
驚きで出そうになる声を、口に手をあてがって飲み込む。見開いた目で捉えたのは、ピアノでかつての流行曲を淀みなく弾く相羽の姿だった。
(……何て楽しそう)
相羽は、少しばかりうつむき加減に手元を見やり、表情には穏やかな笑みを常にたたえていた。テンポを計るためか、わずかに首を振っている。
曲が終わった。
「すごーい!」
思わず、拍手する純子。でも、そんなことをしたのは自分一人だったので、慌ててやめた。みんなの視線を感じる。
「どーも、ありがとう」
吹き出しかけながら、相羽は笑った。その笑いに照れが加わる。
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