第7話 次は男子も

「そんなことないってば。私はみんなの気持ちを、はっきり口に出してあげただけですよーだ」

 表現に差こそあれ、相羽のことをいいと思っている三人だ。さすがにしばし沈黙する。

 純子は調子に乗って、続けた。

「そうねえ。いきなり相羽君一人だけ呼ぶのはおかしいから、他の男子も誘ったら。立島君とか勝馬君、唐沢君。あ、立島君を誘うと、前田さんから恨まれちゃうね」

「……それを言い出したら、唐沢君だって、相当の人気よ」

 町田がこめかみを揉みながら、口を開いた。

「私は、ああいう軽そうなのは遠ざけたいんだけど、何故かもててるよね」

「顔がいいからね。お喋りも面白いし」

 富井が断定的に言った。何となくそれで納得できそうだから、また不思議。

「ゴールデンウィークに映画観に行ったじゃない? あのときも唐沢君、集団デートしてたもんね」

「あ、私、四月の終わり頃にも、違う子達とどこかに出かけるの、何度も見かけたわ」

 町田の証言にあきれた純子だが、笑ってる内に、別の点が気にかかった。

「ねえ、芙美。いくら情報集めのうまい芙美でも、そんなに見かけるもの?」

「そりゃそうよ。だって、唐沢君の家、すぐ近くだもの」

「ええ?」

 こともなげな町田の答に、驚きの声を上げたのは純子だけでなかった。

「すぐ近くって……」

「道を挟んで三軒ほど隣だったかな? いや、私も全然知らなかったんだけど、えらく何度も顔を合わせるなと思って、直接聞いてみたわけよ」

「小学校、違うのに……」

「ああ、すぐそこの道路がちょうど学区の境目で」

「へえー!」

 三人で、声を揃えて感心する。

「ひょっとして、小さい頃、顔合わせてたりして?」

 富井が言うのへ、町田は真面目くさった顔をする。

「うーん、言われてみれば、小さいくせして、やたらと女子を引き連れていた男がいたよーな記憶が」

「ふ、芙美……それって」

「冗談よ」

 あっさり、前言を翻した。

 空気が、脱力感に満ちたものに変わる。

「もう、びっくりするじゃないのっ。唐沢君が小さい頃から、ああいう感じだったのかって、信じそうになったわ」

「そんなわけ、ないでしょうが」

 しれっとして答えると、町田は逆に話を振ってきた。

「純が小さい頃会った男の子だって、見違えるようになってるかもね」

「誰のことよ」

 不審に感じて、聞き返す。

「ほら。化石の展示会か何かで、知り合ったっていう……」

「ああ、あの子」

「もしかしたら、物凄く格好よくなってたりして」

 富井がきゃっきゃとはしゃぎながら、茶化す。井口が続いた。

「会いたいと思う? 王子様と」

「何が王子様よ。ほんとに、もう……」

 握り拳を作った両手をわななかせる純子に、町田が最後の一撃。

「格好よくなってたらともかく、その逆だったら、会わない方がいいよねえ。思い出は美しく」

「――こら!」

 怒鳴った効果は全くなく、町田達は、わぁわぁ囃した挙げ句、

「さあ、勉強しよっと」

 と、教科書に向かってしまった。

(このぉ、みんなして……。ふん、あんまりしつこかったら、相羽君、取っちゃうぞ)

 純子は内心、冗談混じりにそう考えることで、熱くなった頭に風を送り、どうにか気持ちを落ち着かせた。


 ――きーんこーん、かーんこーん……。

 終了を告げるチャイムは、天使の声か、有罪宣告か。

 中学最初の定期試験、その最後の科目である数学Aが終わった。

「やっと終わったね」

 鞄に筆記用具を仕舞い込んでいると、町田が声をかけてきた。弾んだ調子に感じられるのは、引け目だろうか。

「できたの? 随分、楽しそうだけど」

「まっさかあ! 終わってほっとしてるから、明るいのよ」

「ねえ、問十の二つ目――」

「知らん知らん。解答欄は埋めたかもしれないけど、もう忘れたのだ。嫌なことを忘れる能力は抜群だから、私」

「……いばって言うこと? 全く」

 息を大きくついた。

「答合わせしたいんなら、前田さんか白沼さんに聞きなさいよ。女子で数学ばっちりとなると、他に思い浮かばない」

「もういいわ。郁江や久仁香のところに行かないと」

「クラス、別々じゃない」

「うん。だから、調理実習室に集まるのよ。今日の昼から調理部、部活あるんでしょ。私は図書委員会があるし、お昼を実習室で食べようって」

「なるほどね。私も行こうかな」

「そうしよ」

 連れだって、向かい側の棟の二階にある調理実習室を目指す。この部屋や図書室、音楽室といった特別教室は通常教室とは異なる別棟にまとめられており、それぞれの棟は二階のフロアー中程を通路で結ばれている。俯瞰すれば、アルファベットのH字に見えるだろう。もちろん、一階にも渡り廊下はあるが、三階に教室のある純子達一年生にとっては、二階まで降りて空中通路を渡るのが最短距離。

「郁江、早い」

 富井はすでに来ていた。机の端っこにぽつんといて、お弁当の包みを前に退屈そうにしている。まだ、彼女一人らしい。

「終わったら、速攻で飛んで来たの」

「久仁香は?」

「もうすぐ来るんじゃない? 五組の佐治さじ先生、きっちりしてるから、時間を取ってるのかも」

「あの先生、時間に正確だし、挨拶や礼儀にもうるさいもんね」

 納得しながら、適当な席を見つけると腰を下ろし、お弁当箱を取り出す。試験期間中は給食は出なくて、お茶が用意されるだけ。午後からも学校にいたければ、お昼を我慢するか、弁当を持参するか、買い食いするかのいずれかになろう。

「純は部活、まだ決めてないでしょう」

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