第6話 母の日と勉強会
日曜の昼一時頃、純子は気分よく、鼻歌混じりで外に出た。
(よかった。喜んでた)
朝起きてすぐ、母にプレゼントを渡した。
悩んだ末に昨日買ったのは、ベルト。何にでも合いそうな大人しめの物と、鮮やかな白の二本。
(お母さん、洋服はたくさん持ってるけど、ああいうベルトは少ないから組み合わせに苦心してるって言ってたの、思い出した。来年、また考えなくちゃいけないな)
今、純子が出かけたのは、いよいよ迫ってきた試験に備え、町田の家に集まってみんなで勉強するため。何しろ、中学に入って初めての定期試験。多少なりとも、怖さはある。
門の前に立ち、一つ深呼吸した純子。小学生の頃、富井や井口の家に遊びに行ったことはあったが、町田の家は初めてだ。ちょっと緊張しながら、呼び鈴のボタンを押す。
それとほぼ同時に、玄関のドアが開き、町田が姿を見せた。
「ふ、芙美……」
純子は町田を指差し、二の句を継げないでいる。あまりにも反応が早かったので、面食らってしまった。
「窓から覗いてたら、純の姿が見えたの。早いね」
「あ、なーんだ」
ようやく合点が行ってから、町田のあとについて、中に入る。
「みんなはもう来てるの?」
「だから言ったでしょ、早いねって。一番乗りだよ」
「え、でも、もうすぐ約束の時間でしょ?」
腕時計はしていないが、家を出るときに確認した時刻では、ちょうどいいぐらいのはず。
「十分前ってところかな。初めて来る道だからって、余裕を見過ぎたみたいね」
「そっか。邪魔じゃない? 早すぎて……」
そっちの方が心配になった。
「大丈夫大丈夫。どうせ、親は出かけてるから」
「そういうことなら、遠慮なく」
あとについて、中に入った。
初めての家に来ると、いつもの癖で、無意識の内に、あちこち眺め回してしまう。
古いが、荘厳さのある木造家屋といった第一印象。木の柱は、どれもぴかぴかに磨かれていた。棚上の置物や花瓶、壁の絵や掛け軸も、何かいわれのありそうな品に見える。
「畳の部屋が多いのね」
「そうかしら? 私は、これに慣れて育ってきたから」
町田個人の部屋も畳敷で、隣室とは襖で仕切られているのみ。防音に関しては頼りない反面、内装は落ち着きのある物だった。いかにも洋風な物を無理に探すと、ガラスのケースに入った日本人形の横に、ぬいぐるみが二体。それと、アイドル系の歌手のポスターが、あまり目立たない位置にあった。
脚の短い丸テーブルに着くと、純子を置いて、町田は再び部屋を出た。と思ったらすぐに戻って来て、
「アップルジュースだけど、いい?」
と、ほんのり黄色がかった液体をたたえたグラスを渡された。
「わ、ありがと。いいのに」
「これぐらいはね」
そうこうする内に十分が経っていたが、さて、富井と井口が現れない。
「遅いなあ」
やきもきしたまま、二人で始めてみた試験勉強だったが、やはり調子が出ない。時間が気になる。
「あの二人ときたら、こういうときはルーズなんだから、全くもう」
「こういうときって?」
「楽しくない約束は、遅れがちにする」
「なーるほど」
純子がうなずいていると、呼び鈴の控え目な音が聞こえた。
「やっと来た」
町田が玄関に出てみると、果たしてそうだった。
「ごめーん、芙美ちゃん。道に迷っちゃって」
「日差しがきつくて、ぼーっとなりそう」
富井と井口の声が聞こえ、それらに対して「分かった分かった」と町田が応じている。
「さあさ、勉強しに来たんでしょ、今日は」
「純ちゃん、もう来てる?」
「来てる。十分も早くにね」
そんな会話をしながら、部屋に入ってきた。
「早いのねえ、純ちゃん」
「え、それは、試験が不安だから……あは」
思わず苦笑い。
それから四人で勉強開始。と言っても、試験範囲を手広く当たるのではなく、町田達が調理部の上級生から教えてもらった出題の傾向に沿って、暗記するのがメインだ。
では、何のために集まったかというと、教科書は同じでも問題集の方が新しくなっており、その中の難問をみんな力を合わせて解こうという寸法。
「ここに補助線」「過去分詞、特別な変化をするから」「この分類、全部出るのかなあ?」――等々、結構にぎやかに進んだ。
一段落したところで、休憩。
井口が切り出した。
「集まって勉強するのって、去年の夏休み以来?」
「そうなるね。でも、芙美はいなかった」
純子が言って、町田に目を向ける。
「そう言えば、そういう話、してたわね」
町田が思い出し思い出し、ゆっくりと話す。
「えっと? 夏休みの宿題やるために郁江の家に集まったその帰りに、相羽君と会って、分からないところを教えてもらったとかって言ってたかしら」
「教えてもらったんじゃなくて、教え合ったんだよ」
正確を期さなくちゃと思い、訂正する純子。
その直後に、富井が声を高くする。
「相羽君と一緒に試験勉強できたら、はかどるのにぃ!」
「それ、いいわ」
「だけど、相羽君には迷惑だろーね。色々と質問されちゃ」
いつものパターンで、井口が同調し、町田がくさす。
純子はと言うと。
(確かに、一緒に勉強したら楽しくやれそう、うん。頭いいもんね。国語は苦手みたいだけど)
「次、機会あったら、誘ってもいいんじゃない? 同じ部に入ってるんだし、そんな不自然でもないでしょ?」
「あら。珍しく、積極的だね、純」
冷やかす目つきの町田。
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