第4話 白沼からのコンタクト


 図書室の受け付けに座り、暇な時間を利用して宿題をしていると、前方に人の気配を感じた。純子はすぐに顔を上げ、応対しようと心構えをする。

「あ、白沼さん」

 立っていたのがクラスの副委員長だと分かって、思わずつぶやく。言葉を交わすのはこれが初めてではないが、まだまだ慣れ親しむ仲でもない。

「貸し出し? 本と生徒手帳を出してね」

「いいえ。借りるんじゃない」

 ゆるゆると首を横に振った白沼。色の白い、ともすれば冷たい印象を与える彼女の表情は、どこかしら固かった。

(本を借りるんじゃない?)

 わずかに身を乗り出し、相手が確かに本を持ってないのを認識する純子。

「じゃあ、何? 探したい本があるんだったら、できるだけ協力するけれど」

「本の話じゃないのよ。涼原さん、あなたに教えてもらいたいことがあって、寄せてもらったの。いいかしらね?」

 丁寧だが、押しの強い口調だった。

「う、うん。今ならまだ人は少ないから」

 背伸びをして、室内を見渡しながら言う純子。実際、利用者は多くないし、借りに来る人はもっと少ない。もうすぐ中間試験だから、急に増加すると話には聞いているが。

「そっち行っていい?」

「かまわないと思う」

 白沼はカウンターを迂回し、内側に入ってきた。空いている椅子を見つけると、勝手に座る。

「結構、居心地いいじゃない。次やるなら、図書委員もいいかも」

「それで、どんな話が」

「第二小の子について、教えてもらおうと思って」

 いたずらっぽく笑みを浮かべる白沼。純子は困惑しつつも、首肯した。

「いいけど……どうして私に?」

「あなた……相羽君と仲いいみたいだからさ」

「え、相羽?」

 具体的に名が挙がり、思わず声を大きくしかける純子。手で口を押さえて、声量を整える。

「――白沼さん、相羽君のことを聞きたい……?」

「そうよ。彼と立島君ね。格好いいじゃない」

「仲がいいことなんかない」

「そうは見えないわね。小学校のとき、同じクラスだったんでしょ?」

 ついっと指さしてくる白沼に、気持ち、押される純子。上体を少し引いた。

「立島君とは五年六年と同じだったけど、相羽君の方は六年生のときだけ。言っていいのかな、相羽君、転校してきたのよ」

「転校? 六年のときに?」

「ええ。だから、私だって、知り合って一年足らず」

「そうなんだ? でも、ある程度は知ってるでしょ。教えてもらいたいわ。まず、相羽君ね」

「え、まあ……答えられる範囲で」

 応対している間中、純子は不思議に感じていた。

(何のために知りたがってるんだろう、白沼さん?)

「身長と体重、スリーサイズは?」

「え? そ、そういうことは……」

 歯を覗かせ、何と答えていいやら迷ってしまう。知ろうと、考えたことさえなかった。

「血液型は何型かしら」

「さ、さあ」

「じゃ、誕生日はいつ?」

「卒業アルバム見れば分かるけど、今は覚えてない……」

 純子が口ごもると、白沼は座ったまま、あきれたように腰に手を当てた。

「何にも知らないじゃない? どうしてよ」

「どうしてって言われても」

「あれだけ格好いいのを放っておくなんて、信じられないわ。真剣に答えてくれてるでしょうね?」

 心なしか、白沼の眼に疑いの色がにじんでいるような。

「ほ、ほんとに知らないんだもん。他の子なら、知っている人もいるかもしれないけど、私は……」

「そう? 何か知ってる話、ありそうな口振りだったわよ?」

「趣味と言うか、好きなことぐらいなら、何とか……」

「あ、いいわね。教えて、相羽君の趣味」

 やっと笑顔に戻る白沼。

「相羽君が興味を持っているのは、昆虫と化石よ。どっちもよく知っているわ。本だってたくさん読んでいるみたいだし」

「化石なんて、ロマンチックなのねえ」

「それから、趣味と言うよりも特技は、手品」

「手品。どんな手品かしらないけれど、凄い感じ。見せてもらえるかしら」

 自分の片手をもう片方の手で握りしめ、白沼はしきりに感心している。

 純子は、口ごもりそうになるが、どうにか答えた。

「頼んだら見せてくれるかもしれない。でも、その内、隠し芸を披露する機会が来れば、相羽君の方からやってくれると思う」

「それじゃ、そのときまでのお楽しみね」

「それから……推理小説が好きなのよ、確か」

「推理小説ね。言われてみたら、イメージに合いそう。スポーツはどう?」

「何でもやると思う。六年のときを見る限りじゃ、得意なのは……サッカーと水泳かな」

「サッカー! いい感じっ」

 ここに来て初めて高い声を出した白沼。彼女自身、サッカーが好きなのかもしれない。

 ここに来て初めて高い声を出した白沼。彼女自身、サッカーが好きなのかもしれない。

「あ、ただし、スケートはだめ」

「ふうん。滑り物がだめなのかな。ねえ、好きな食べ物や好きな色は、分かるかしら?」

「色は青の系統が好きだと思う。好きな食べ物……」

 小首を傾げる純子。

 悩んでいると、ちょうど貸し出し希望者が二人まとめてやってきた。一時中断し、てきぱきと応対する。

 手続きが終わるのを待ちかねたように急いだ口調で、白沼が言った。

「どうなの?」

「食べ物ね。うん、甘い物は好きだって、聞いたことある」

「へえ、全然太ってないし、にきびも出てないのに。きっと、好き嫌いしないのね」

「ん、まあ、そう言えるかも」

「分かったわ。次、立島君ね。誕生日なんかは、どうせ知らないんでしょう?」

 何となく悔しいが、こくりとうなずくしかない。

「だったら、趣味から聞こうかしら」

 口元に笑みを浮かべながら、話しかけてくる白沼。

 純子は、立島について思い出そうと努めにかかった。

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