そばにいるだけで エピソード9
第1話 選んだ理由
中学の部活動。相羽は調理部に入ったが、では、純子は?
「いい加減、決めなよぉ」
富井が、座っている純子の左肩に強くしなだれかかってきた。
「まだちょっと……」
かかる重みにバランスを崩しそうになった純子は、相手の手を払った。放課後の暇な時間を利用して、仲のよいみんなで集まっているのだが、話題はいつの間にやら、純子が何部に入るのかに移っていた。
「私さ、純は迷わず吹奏楽部辺りと思ってたんだけど」
町田がこう言ったのには理由がある。純子が小学校のクラブの時間に、鼓笛隊を選択していたからだ。運動会等の催しの際に、よく演奏に引っ張り出された。純子は小太鼓とバトントワリング(これは行進のときだけ)を経験した。
「吹奏楽部なんて、とんでもない。小学校のあれは、特に音楽が得意で始めたんじゃないから。クラブ見学って、四年生の三学期にあったでしょう。あのとき、行進している五、六年生の人が凄く素敵に見えた、ただそれだけで始めたんだもん」
両手で頬杖をつきながら、きっかけを思い起こす純子。今度は、そのきっかけがなかなか見つからないのだ。
「じゃあ、演奏できる楽器って……」
「胸を張って言えるような物はなし。昔、ピアノ教室に通ってたことあったけど、三年生ぐらいでやめちゃった」
「あ、ピアノ。私も習ったことある」
と、町田。
「そうなんだ?」
「同じく挫折した口だけど。どちらかと言えば、ピアノそのものに憧れちゃうのよね。自分の腕前なんて顧みずに、親にねだって。今思うと、あんな高い物、買ってもらわなくて正解。きっと、ほこり被っちゃってる」
「ピアノじゃなくて、バイオリンならある」
今度は井口。すかさず、富井が揶揄する。
「似合わないー」
「何で、私にだけ言うのよっ」
「ピアノならまだ可愛げあるけど、バイオリンはさあ。気取りすぎって言うか」
「話がどんどんずれてるけど」
町田が軌道修正を施した。すると、富井と井口は目を合わせ、思い出したように純子に持ちかける。
「ねえ、私達と一緒に料理しようよ」
町田を含めた三人は、調理部に入ったのだ。
純子はため息混じりに、即答する。
「やだ」
「どうしてぇ? 先輩、恐くないよ。アットホームってやつ」
「そうそう。人数がさして多くないのが、かえっていい感じ。それに、この短い間でも、だいぶ上達したような気がするわよ」
富井、町田の順によさをアピールしてくる。
「……じゃあ、聞きますけど」
口調をわざと丁寧にする純子。
「部員の中に、男子は何人いますか」
「知ってるくせに。一人」
「相羽君がいたら、だめなの?」
井口が目線を純子に合わせてきた。
「いたらどうとかいう問題じゃなくて……。どんな感じなのよ、部活のときのあいつの様子」
「熱心よ。ねえ?」
富井が答え、他の二人に同意を求める。町田と井口も「うんうん」と強く肯定した。
「そうじゃなくて、郁江達がちやほやしてるんじゃないの?」
「私達だけじゃないよ。先輩方も全員、相羽君をかわいがってる……こういう表現で正しいのかな」
その様を想像して、純子はおかしくも、頭を抱えたくなった。
「……調理部を選んだ理由、言ってた?」
「あ、それは部員同士の自己紹介のときに。えーっと、何だったっけ」
度忘れした様子の富井に代わり、町田が答える。
「単純明快。料理をうまく作れるようになりたいから、だって」
「そ、それだけ?」
ぽかんと口を開けっ放しにしてしまいそうになる。
「うん。
背を少し丸めて、くっくと思い出し笑いをする町田達。
純子だけ、呆れていた。
(相変わらず、とぼけてる……。分かんない)
「熱心なのは分かったから、じゃあさ、腕前は?」
「うんとね、これまで三回あったんだけど、一回目はクッキーだったから、さすがって感じ。あとの二回、おかずのときは、努力でカバーって感じかな」
「ふうん」
「でもどちらかと言うと、おかず作りのときの方が、より熱心に見える」
「それは私も思った」
「そうね。お菓子は簡単にこなしちゃって、おかずは本腰入れてる」
町田の感想に、富井と井口が補足する。
(ひょっとして)
純子はふと、思い当たる節を見つけた。それからおもむろにみんなの顔に視線を当てた。口調が弾む。
「私、ひょっとしたら、調理部に決めるかもしれない」
「え? それはまた、どういう気の変わりよう……」
「うーんと。きっかけが見つかったかもしれないから」
分からないという風に顔を見合わせる三人。対して、純子は重ねて言った。
「もし、入部することになったら、よろしくね」
「いいけど……計算が狂うなあ」
いささか唐突に、泣き真似を始めた富井。純子が怪訝な表情を見せると、彼女は言った。
「折角、相羽君を純ちゃんから遠ざけておけたのに、また元の木阿弥になっちゃうんだもん」
「郁江、あんたねえ」
相羽とは別に何ともないんだと、純子は主張しようとした。が、これまでの経験から言って、恐らく無駄になる。やめておいた。
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