第15話 見つけた!

 結局、正午を迎えるまでは、パン屋から少し離れた商店街をぶらつき、時間を潰した。

 そして、十二時五分。うぃっしゅ亭に再び出向き、問題の高校生がまだ来ていないことを店の人に聞いてから、外で見張る。

「さて、思惑通り、うまく運ぶかどうか」

 相羽はすでに、探偵ごっこでも楽しんでいるかのような物腰である。

「……いつまでいるのよ」

 行き交う人々に注意を向けながらも、純子はこの点が気になっていた。

「邪魔?」

「そうじゃないけど……どうして? 相羽君、自分の用事があったから、朝、あんな場所を自転車で走ってたんでしょ」

「本、買いに行くつもりだった」

 しれっとして答える相羽。

「じゃあ、そっちに行きなさいよ」

「はは。それがよく考えたら、発売日を勘違いしてたみたい。祝日に重なったときは、遅れるんだった、確か」

 嘘か本当か、分からない。もしかすると、純子を安心させようとしているのかもしれない。

「涼原さんも、一人だと心細いみたいだったし」

「え……。それは、まあ、当たってる」

 口の中で、ぼそぼそと答える。相羽がいてくれるだけで、どれだけ心強く感じていることか。

「ま、喧嘩するわけじゃないんだし、気を楽に」

 相羽が言いかけたそのときだった。

(あ!)

 純子は、あの高校生を見つけた。まだパン屋の前の通りを一人、自転車でやって来たところ。だが、見間違えようがない。校則で定められているのか、ご丁寧にも昨日と同じ制服姿だからだ。

「あの人……かい?」

 純子の表情の変化に気付いたらしく、小声で相羽が聞いてきた。

 無言でうなずき返す純子。

「どうする? 買って出て来るのを待つ?」

「……待つ。できたら、そのままあとを追いかけて、あの高校生が誰のためにパンを買っているのか、見届けたくなったわ」

「なるほどね」

 相羽が含み笑いをしたようだ。気になったが、今はパン屋の出入り口をじっと注視する。すでに高校生は店内に入っていた。

 そしてものの五分もしない内に姿を現すと、来たときとは逆方向へ、自転車で走って行く。

 この時点でスタンバイできていた純子達も、静かに自転車を漕ぎ始めた。

 主に細い路地を、右に左に、十分も進んだだろうか。やがて高校生は、一軒の古めかしい家の前に自転車を停めた。

 古めかしいと言っても、旧家という意味ではない。悪い言葉で表すなら、おんぼろ家屋である。一目で安物と分かる木造の平屋で、屋根も何だか薄っぺらい印象だ。塀はなく、庭らしきスペースも見当たらない。玄関先の砂利を敷き詰めた狭い場所に、物干竿の台が二つあり、それにかかる竿に白い洗濯物がいくつか垂れていた。

(まさか、ここが、あの高校生の家?)

 根拠はないのだが、違和感を感じた純子。

 離れた位置から、そのまま息を詰めるようにして窺っていると、玄関に近い部屋の大きな窓が開いた。小さな子供――小学校に入るか入らないかぐらいの――が顔を覗かせる。そのすぐ後ろにもう一人、同じ年頃の子。男の子と女の子だ。顔立ちがよく似ているから、兄妹(姉弟?)なのだろう。「おにいちゃん」「わーい」などと言って、高校生を歓迎している。

 その様子から、高校生が小さな子達の兄というわけではないらしいと推察できた。

 高校生の台詞はよく聞き取れないが、「おやつの時間まで取っておけよ」とか「よく飽きないよな、おまえ達」とか言っているようだ。その内、上着を脱ぐと、家の真ん前で、子供達のままごと遊びの相手を始めた。

「……どういうこと?」

 囁くように言って、再度、純子と相羽は顔を見合わせた。

「ここまで絵に描いたような事情があるなんて、凄いや」

 感心を通り越し、脱力した風に息をつく相羽。

「それ、どういう意味よ」

「いいから、涼原さん。今、あの人に声をかけても、大丈夫だよ。間違いない」

「そ、そうかなあ」

 気後れする純子だったが、相羽にそっと背を押され、進み出た。

「あの――ごめんくださいっ」

 必要以上に力が入った。

 大きな声に、高校生はもちろん、小さな子達も見上げてくる。

「おねえちゃん、だーれー?」

 間延びした言い方で、無邪気に聞いてきたのは女の子の方。

 純子がそれに答えるよりも早く、高校生が声を上げた。

「……あ! き、君」

 腰を上げ、呆気に取られたように口をぱくぱくさせている。

 改めて見ると、そんなに恐そうな顔じゃない。今はむしろ、滑稽でさえある。

「あの、あの、お話があって」

「わ、分かった。ちょ、ちょっと、そこまで」

 と、子供達から離れたがる相手。

 ここでようやく、相羽も近付いてきた。

「ごめんなー。このおにいちゃん、ちょっとの間だけ、貸してくれる?」

 いきなり、子供達に話しかける相羽。これには純子はもとより、高校生までもが唖然としている。

「いいけどー、返してよー、きっとよー」

 お喋りな質なのか、女の子が立ち上がって元気よく言った。

「もちろん」

 相羽は小さく手を振ってから、純子達に向き直った。

「とりあえず、彼女から文句があるそうですから、聞いてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る