第14話 手掛かりと想像と

「毎日、ですか?」

「はい。毎日、お昼過ぎか、夕方に。そうですね、胡桃クリームパンを二個お買い上げいただいた日の翌日は、お見えになりませんけど」

「それは、要するに、一日一個の割合ということでしょうか?」

 後ろから、相羽が確認を取る。

 彼に視線を合わせ、店員は「そうなりますね」と微笑んだ。

「よっぽど、好きみたいね」

 自分も好きだけど、毎日は食べない。純子は半ば圧倒される思いで、つぶやいた。

「そんなにおいしいんだったら、食べてみようかな」

 相羽はそう言うなり、トレイとトングを手に取った。

「お金、あるの?」

「パン代ぐらいなら。えっと、どこかな」

 きょろきょろする相羽に、「そこよ」と小さな声で教える純子。朝方のせいか他に客はいないとは言え、何となく気恥ずかしい。

「ふうん。想像したいたよりも、やわらかそう」

 そんな感想を漏らし、話題のパンを取る相羽。一つ載せたところで、純子へと振り返った。

「涼原さんも?」

「わ、私は」

「これぐらいなら、おごるから」

 今は食べたい気分じゃないのと純子が答える前に、相羽は二つ目も載せ、レジへと向かった。

「ありがとうございました」

 会計が済み、お辞儀をする店員に、相羽も軽く頭を下げた。

「こちらこそ、お話、聞かせてもらって、助かりました。多分、また来ます」

 店の外に出て、駐車場――パン屋だけでなく、商店街のための――の片隅で袋を開いた。

「いらないって言ったのに」

 両手を振って断ろうとした純子だが、パンの入った袋を押しつけられてしまった。

「今、入んないなら、持って帰ってよ。――うん、やわらかくて、匂いもいい」

 一口かじって、何度かうなずいた相羽。

「あ、クリームも胡桃の味がする。ん、粒が入ってる。これも胡桃か」

「味見の感想もいいけど、これからどうするのよ」

 純子の口調は、いくらか刺々しくなっていた。

 パンを半分まで食べたところで、相羽は答えた。

「決まってるでしょ。あの店の常連と分かったんだから、待ってればいいよ。昨日、問題の胡桃クリームパンを一個しか買わなかったんだから、今日、来る可能性はかなり高いだろ。時間帯は、お昼過ぎか夕方だと分かったし。今日は休みだから、昼過ぎかな」

 言うだけ言って、相羽はひょいと立ち上がった。何をするのかと見ていたら、単に喉が渇いただけだったらしく、近くにあった缶飲料の自動販売機の前に立つのが確認できた。

「何かいる?」

 また聞いてきた。

「いらなーい!」

 距離があるので大声で答えると、相羽は缶紅茶一本だけ手にぶら下げ、戻って来た。

「相羽君。このまま待ってて、うまく昨日の高校生を見つけられたとして……どうしたらいいと思う?」

「ん?」

 紅茶を飲み始めたばかりの相羽は、戸惑ったように瞬きをした。缶から口を離し、手の甲で唇を軽く拭ってから答える。

「さっき、自分で言ったじゃないか。抗議するんだろ」

「そ、そりゃあ、さっきはそう言ったけれど」

「――何だ。やっぱり、高校の先生に言いつけた方がよかったんじゃないの?」

 声を立てて笑う相羽の横で、純子はむくれた。

「どうせ……」

「怒らないでよ。まだ気になってるんだ。四人なのに、五個もパンを買ったわけが」

「え? それはだって、さっきも言ったけれど、一人で二個食べるからかもしれないし」

「高校生達、特にお腹を空かしていた様子だった?」

「何、その質問? 分からないわよ――そうだわっ」

 思い出した。

(あのとき、四人の誰かが言ってた)

 少し間を取り、自分の記憶に誤りないことを確かめる。

「お腹、空かしていなかったと思う。『デザートに菓子パンか』とか何とか言ってたから。多分、昼ご飯を食べてから、まだあまり時間が経ってなかったんじゃないかしら」

「となると、決まりだね。一人で二個は、ちょっと多すぎる。昼飯前の僕でも、こうして少し、残しそうなぐらい」

 冗談のつもりなのか、指先に残ったパンの小さなかけらを振る相羽。

「大きなパンを二個も食べる必要はない。だいたい、お腹が減ってるんなら、菓子パンよりもおかずパンを選ぶと思う」

「そっか。でも、それがどうつながるの」

「その高校生、えっと、パンを実際に買った高校生にとって、胡桃クリームパンは特別なんじゃないかな。また想像になるけど。ひょっとしたら、自分が食べるんじゃないのかもしれない」

 そう言った相羽は、最後の一切れを口の中に放り込んだ。

「自分では食べない? じゃ、何のために買うのよ」

「たとえば、家族の中に胡桃クリームパンが大好物の人がいる、だけどその本人は事情があって買いに行けないから、代わりに買ってきてあげている、なんてのはどう?」

 純子には返事のしようがなかった。絶対にない話ではないだろう。

(相羽君が言うと、何だかありそうに聞こえてくる)

 そう感じている自分を見つけて、純子は慌てて首を振った。

「どうしたの?」

 缶に口を着けたポーズのまま、不思議そうに尋ねてくる相羽に、純子はもう一度、首を振った。

「ううん、何でもない何でもない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る