第13話 “犯人”探し

 純子は休日にしては朝早くから、自転車に乗って出かけた。

 行き先は言うまでもなく、高校。

(あの四人に――ううん、パンを取ったあの高校生にうまく会えるかどうか分からないけど、手がかりはこれだけ)

 後先考えず、とりあえず張り込んでみようという発想だった。

 高校まではかなり距離があり、前日に比べるといくらか気温は戻していたものの、到着した頃にはまた汗ばんでしまっていた。

「……静か」

 こっそり様子を窺うが、校内は静まり返っていた。只今午前十時過ぎ。運動系の部活動も、今日は全て休みなのかもしれない。

(どうしよう)

 ブロック塀にもたれかかり、途方に暮れていると、道路を挟んだ反対側の歩道を、自転車が行くのが見えた。

「……あれ?」

 相羽だと気付くのに時間はかからなかった。

 彼も純子に気付いた。その途端に自転車を停止させ、降りると、行き交う自動車をやり過ごしてから、道を渡ってきた。

「どうしたの? こんなところに来るなんて」

「相羽君こそ」

 陽光のまぶしさに目を細めながら、純子は聞き返した。

 自転車のスタンドを立てた相羽は、その太陽のある方角とほぼ九〇度をなす向きを腕で示した。

「僕の家は、結構近くだよ」

 言われてみて、地図を頭の中に思い描いてみた。

 確かに、中学とは反対方向だが、距離で言えば、相羽の住むマンションはここから遠くない。

「それで、涼原さんは? まさか、この高校に用があるとは思えないし」

「うん……それが、まあ、用があると言えばそうなるのよね」

「意味が分からない」

 首を傾げる相羽に対し、純子は悔しさも手伝って、いきさつを話して聞かせた。聞いてもらいたかったのだ。

「それ、本当? ひどいな」

「でしょっ? 私、悔しくて悔しくて、見つけて、謝らせようと思って来たのに……誰も来ていないみたい」

 奥歯を噛みしめながら、高校の校舎を見やった。

「うーん、仮にその高校生を見つけたとしても、謝らせるのは、難しいんじゃないか? 危ないかもしれない」

「だって……」

 言ったきり、言葉が続かない。勇躍、家を飛び出してきた純子だったが、相手が恐いことは恐い。

「安全な方法なら、高校の先生に事情を話して、注意を呼びかけてもらうってのがあるかな」

「そんな回りくどいこと、したくないの。直接、言わなきゃ、だめよ」

「理屈は分かる。けど、相手を見つけ出す手段さえ、見当つかないじゃないか」

「だから、こうして高校に……」

「分かっているのは、ここの生徒ってだけ? 学年や何か部活をやっているかなんて、分からない?」

「無理よ、見えなかったもの」

「だったら……」

 身体の前面で腕を組み、考える仕種の相羽。やがて言った。

「休みの日に高校に来るよりも、パン屋で待ちかまえていた方が可能性あるんじゃないかな」

「そうかしら」

 納得できない。

「たまたま来て、意地悪して行ったのよ、あれ」

「それなら、五個もパンを買う?」

「……ついでに買ったのかもしれない」

「じゃあ、何故、五個なのかな」

「え?」

「四人だったんだろ、その高校生達。一人一個で、合計四個でいいじゃない。あと一個は? 大きなパンで、みんなで分けたのかな」

「そんなの、分かんない。一人が二個食べたのかもしれないじゃないの」

 ちょっとだけ、頬を膨らませる純子。

 相羽は苦笑して、自説を展開した。

「仮にそうだとして、胡桃クリームパンを取ったのはどうして? お金を出して食べるからには、好きな物を選ぶはずだよ。思い付きで意地悪したとしても、あまりにも手際よすぎやしないか? 事実、胡桃クリームパンはその時点で、君が持っていたのが最後の一つだった。想像だけど、涼原さんが持っていたのが唯一の胡桃クリームパンだったからこそ、その高校生は横取りした。つまり……そのパン屋さんにはよく通っているということじゃないかなあ」

「……飛躍しまくりよ、それ」

「うん、分かってる。でも、ここで張り込んでいるよりは、よほどいいと思う」

「相羽君の考え方が当たっているとしてよ。今からパン屋に行って、どうなるって言うの? 昨日買ったばかりで、今日またお店に来るものかなあ?」

「それは多分無理。たださ、パン屋の人に聞けば、その高校生のことを知っているかもしれないじゃないか。何度も買いに来ているのなら、記憶に残るものだよ。まず、僕の考えが当たっているかどうか、確かめてからということで」

 微笑む相羽を見て、純子は肩をすくめた。

「分かったわ。さすが、推理小説好きね」

 そうして自転車に跨る。

 背後で、スタンドを外す音が聞こえた。


 幸いなことに、うぃっしゅ亭のレジ係は、昨日と同じ人だった。

「はい、覚えていますよ」

 加えて、記憶力もいいらしい。

 純子のことを覚えていたのは、何度かこの店を利用している上に、昨日は胡桃クリームパンが焼き上がるのを待っていたから印象に残ったのだろう。

 だが、その前の客である高校生四人についても、実に正確に覚えていた。

「あの四人のお客様の中で、よく利用されるのは、直接パンをレジにお持ちになった方お一人だけです」

「あ、あの」

 言いかけて、口ごもる純子。よほど、「昨日、パンを横取りされたんです。次に来たとき、文句言ってください」とでもお願いしようかと考えたが、その前に。

「その人、普段、どんなパンをよく買いますか?」

「お客様と同じです。胡桃クリームパンですよ」

 純子自身を手で示しながら、笑顔で答える店員。

 純子は、わざわざ着いて来た相羽と顔を見合わせた。

(どうやら、当たってたみたい)

 感心しつつ、さらに聞く。

「ど、どのぐらいの割合というか……どのぐらいの間隔で、この店に来ますか、その人?」

 店員は右手人差し指を顎先に当て、しばし思い出そうとする仕種を見せた。

「ほとんど毎日ですわ」


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