第11話 意表を突く再会


 純子はベッドに身を投げ出すと、仰向けに寝転がった。

(……暇あ)

 かすかにめくれ上がった服の裾を元に戻し、天井の単調な模様を見つめる。

 やるべきことはある。各教科とも宿題が出ているのだ、たっぷりと。大型連休だろうと何だろうと、簡単には遊ばせてくれない。

 ゴールデンウィーク一日目。朝の内に宿題のノルマ分をこなした純子は、昼過ぎから早くも退屈の虫になつかれていた。

「暑いなぁ」

 昼のニュースで、夏日になったと言っていた。風通しをよくしたにも関わらず、汗がうっすらと浮かぶ。

(出かけようかな……当てないけど。お父さんは明日の釣りに備えて寝溜めしてるし、お母さんは洋裁の仕事で忙しいみたいだし)

 相手にしてもらえないのは承知しているけれども、それで我慢できるほど物分かりがいいわけでもない。

 純子は起き上がると、階段を駆け下りようとし、すぐにゆっくりとした歩調に戻した。父の睡眠を邪魔する気はない。

「お母さん、何か用事ない? 外に出るような」

 ハトロン紙に型取りをする母が面を上げた。

「お手伝いしてくれるのかと思ったら、退屈なのね」

「えへへ、そう」

「特にないのよねえ。お友達の家は?」

「みんなにも都合があるから」

「しょうがないわね。おやつでも買ってきてもらおうかしら」

「行く!」

 手を叩いて喜ぶと、次にその手を前に出した。

 お金を受け取り、着替えてから外に出た。どうせ時間つぶしだし、急ぐ用ではない。いつもなら自転車で行くところを徒歩、それもことさらに、スローテンポで楽しもう。

 帽子の鍔をきゅっと引き、景色に目を走らせながら進み始める。目指すは第二小学校より少し先に行った通りにあるパン屋さん。

(あそこの胡桃クリームパン、大好き)

 思い浮かべると、ますます食べたくなった。若干、スピードアップ。

 道すがら、校舎が見えた。

 誰もいないものと思っていたら、存外、騒がしい声が。足を止め、ブロック塀の穴から覗き込むと、グラウンドでドッジボールをしている小学生十数人の姿が確認できた。その他にも縄跳びやサッカーに興じている子らもいる。

「暇なのは、みんな一緒なのね」

 つぶやいた純子。その背に、声が飛ぶ。

「涼原さんですか?」

 え?と振り返ると、すぐ目の前に椎名恵の姿があった。

「やっぱり、涼原さん。男の格好してなくても、ちゃんと分かった」

「――いつの間に」

 少し距離を取り、指差しながら尋ねる純子。

「ついさっきです。小学校に何か用事ですか?」

「そうじゃなくて、買い物の途中なの。まだ一ヶ月ぐらいしか経ってないのに、何だか懐かしくて、見入っちゃってた」

「急いでなかったら、寄っていきませんか」

「でも、他の五年生、じゃないわね、六年生、知らない子ばかりだから、私が行っても邪魔でしょ?」

「え? ああ、私は遊びに来たんじゃないんです。飼育当番やってて、うさぎに餌と水をあげに来たんです」

 後ろに回していた両手を前に持ってくる椎名。透明なビニールに、パンの耳や野菜の切れ端が入っていた。

「そうなんだ? わぁ、懐かしい」

 胸の前で手を合わせていると、相手がくすりと吹き出すのが分かった。

「何か変なこと、言ったかしら?」

「い、いえ。涼原さんが、懐かしい、懐かしいって続けて言うから、凄く年寄りみたいに思えて……」

「……恵ちゃんより年寄りなのは、確かだけどね」

 お手上げのポーズをすると、椎名のくすくす笑いはさらに進んだ。

 結局、椎名に付き合ってうさぎ小屋へと行き、餌をやったり、簡単に掃除したりすることに決めた。

「よく食べる。かわいい」

 特に小さな一羽に餌を与えていると、キャベツやにんじんの切れ端をかじるその懸命な仕種に、微笑ましくなる。

 と、椎名がしゃがみ込み、視線の高さを合わせてきた。

「女っぽくなっちゃ、やです」

「恵ちゃん」

「もう少しの間だけでいいから、古羽相一郎になれる涼原さんでいてください」

「……こう?」

 うさぎを放してやり、手をはたくと、純子はため息混じりに長い髪を束ねてみせた。

「はい、そう、そうですっ」

「……ねえ、恵ちゃん。そんなに古羽探偵が好きだったら」

「はい、何でしょう?」

「あの推理劇を書いた人に、あってみたいと思わない?」

「それは思わないでもないですけどぉ……」

 伏し目がちになる椎名。

「確か、男の人でしたよね?」

「そうよ」

「私……現実の男って、だめみたいなんです。男子ってみんな、何か汚らしい」

「私達だって、こうしてうさぎの世話をして、土いじりしたり――」

 純子の台詞を、椎名は首を横に振って遮った。

「そういう意味じゃないんです。ただもう、女と男とじゃ違うって感じが」

「そんな変わらないよ。そりゃあね、いきなり古羽探偵みたいなのを探そうとすると、難しいかもしれないけど」

 話を合わせつつ、純子は理屈を考える。

「いい面を見てあげようって思うのよ。そうしたら、段々分かってくるから、きっと。その第一歩に、推理劇の作者はお勧め」

 ウィンクしてみせた。

 それから立ち上がり、小屋を出る。

「そうですかぁ?」

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