第9話 人気タレントは同世代

「仮に見えても、すぐに忘れ去るのが図書委員としてのマナー。違う? 教室で僕がこの本を読んでいるのを見て、何を読んでいるのか気になって聞いてくるのならまだしも」

「……同じだと思うけど」

 小さく首を傾げると、純子の右のお下げが肩をなでた。

「意識の問題。まあ、僕はいいとして、知らない人にまで、じろじろと本の題名を観察すると、嫌がられるかもしれないぜ」

「……分かったわ」

 黒地に緑の文字が並ぶパソコンの画面を見て、ちゃんと記録されたことを確認した純子。それから英語の単語調べに戻ろうとする。

「推理小説だから」

 帰りかける相羽が、不意に言った。

「え?」

 教科書から顔を上げる。

「『はなれわざ』は推理小説だって言ったの」

「ああ、推理小説。そっか、好きだもんね」

 六年生のときの劇のことを思い出した。

「チャンスがあれば、また劇、やるつもり?」

 相羽が答えるまで、少しだけ間ができた。

「――君が出てくれるなら」

 ぼんやりした目つきの相羽は、しかし真面目な口調で言った。

 純子が呆気に取られていると、相羽は本を小脇に抱え、今度こそ本当に帰り始める。

「図書委員、頑張りなよ」

「えっ? う、うん」

 純子が返事したときには、相羽はすでに退出したあとだった。

(何だ、もういないのか……)

 息をつく純子。何となく、つまらない。

(頑張れって……そっちこそ、委員長の仕事、頑張りなさいよっ)

 出入口の方向から視線を外し、再度、教科書に目を落としたところで、新しく利用者が来た。

「はい、生徒手帳を出してくださいね」


「私、五月の方はだめ」

 図書室に備え付けの大きな机の上に、それぞれの手帳なりスケジュール帳なりを広げ、額を突き合わせていた。

「旅行に行くんだ」

「いいなあ」

 顔をほころばせる井口に対し、町田は唇を尖らせた。

「うちなんて、親は二人とも忙しくって、全然相手してくれない」

「私達がいるよお」

 富井が町田の手を取り、上下に振った。町田の「はいはい、どうも」と言いたげな表情に、純子は思わず吹き出しそうになる。

「郁江だって、四月の連休は、予定があるって言ってたじゃない」

「それはそれ」

 言うまでもなく、ゴールデンウィークの何日かを、一緒に遊ぼうという相談をしている。

「結局、全員が揃うのは五月の六日だけね」

「仕方ないわよ」

「何しよう? 中学になったからって、いきなり私達だけの遠出を許してくれるはずないもんね」

「遠野さんは何かある?」

 先ほどからほとんど口を開いていない遠野へ、純子は話を振った。

「みんなが決めたところでいい」

 遠慮がちな口調で、静かに言った遠野。

「無理に合わせなくていいんだから。したいこと、あったら言って」

「でも、私……外で遊んだことって、あんまりないから、何がいいのか分からなくて」

「映画ぐらいはあるでしょ?」

 たまりかねたように、町田。

「う、うん。お父さんやお母さんと一緒だけれど」

「ふむ。ようし、じゃ、六日の日はみんなで映画行かない?」

 町田の呼びかけに、その場の全員がうなずいた。

「何をやってるのかなあ? 知ってる?」

「さあ、確実なのは……」

「新聞があるから、それを見れば分かると思う」

 純子の提案により、新聞を取ってきた。テーブル上に、新聞を広げて、映画欄を探す。――あった。

「もう観ちゃったってのがあれば、言って」

 と、タイトル名の列挙を始めた純子。無論、成人映画は読み飛ばす。

 あれこれと検討した結果、SFファンタジー系の洋画、アイドル主演の邦画、日本製アニメの三本に絞られた。

「あー、悪いんだけど、字幕はパスしたい」

 眼鏡をかけている町田が、手を合わせながら言った。

「近頃、視力が落ちてきちゃって、字幕って、見えにくくて仕方ないの」

「ん、じゃあ、しょうがないね」

 みんな納得。残り二つ。

「去年のゴールデンウィークも映画に行ったけど、凄い人出だったわよぉ」

 富井がそんなことを言い出した。

「今さら何を言い出すのよ。映画、やめる気?」

「そうじゃなくて、少しでも混まない方にしようってことですぅ」

「なるほど。それで?」

 富井の意見を待つ。

「混み具合は、どんな映画でも似たようなもの」

 がくっときた。みんな――いや、遠野を除いた三人が腰を浮かし、一斉に富井へ突っ込む。

「あ、あのねえ」

「でもさ、アニメは、子供がいっぱいでうるさかったのよ。もちろん、私達だって子供だけどさあ、もっと小さい子供がいて、騒がしいったらありゃしない」

「そっか。言われてみれば」

 椅子に落ち着いた純子達は、やっと富井の意見を飲み込めた。

「じゃ、この『ロストジェネシス』が一番よさそうってことになる」

「いいんじゃない? 私、香村綸《かむらりん)って好きよ」

 井口は、主演男優の名前を挙げて賛成した。純子達とほぼ同年代の、人気のあるスターだ。もっと小さい頃から子役として鍛えられたとかで、演技もなかなか評判いい。

「そうね。ちょっと生意気そうだけど、大人びてて」

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