第8話 初めての図書委員

「そ、それはそうだけど……」

 口ごもりそうになる。が、どうにか続けられた。

「だけど、相羽君の選択が、意外すぎるからよ。もう少しまともなら、何も言いやしないわ」

「それがこいつの持ち味なんじゃないの? 俺、そうにらんでるんだけどさ」

 唐沢は、相羽の肩に手をかけたまま、にやにやと笑った。

「当たってるよなあ。転校してきたときから、びっくりさせられ通しだった」

 勝馬が同意を示すと、相羽は仕方なさげに苦笑いを浮かべる。

 純子は何だか、どうでもよくなってきた。

「もういい」

 とげとげした声で言うと、さっさと相羽達から離れた。

「涼原って子、気が強いな」

 唐沢が小さな声で言ってる。

(聞こえてるわよ!)

 腹立たしさで、椅子に身を投げ出すように座ろうとして、勢い余ってずり落ちそうになってしまう。

(ととっ――。あ、危ない危ない。もう、今日はついてないのかな、全く)


 相羽が調理部に入ったと知ると、富井らは、最初は驚いて受け止めたものの、この事態を歓迎した。

「調理部なら、自然に入れる!」

 喜んでいる富井や井口を見ていると、からかいたくなってきた純子。どちらかと言えば、相羽が騒がれているこの状況が気に入らないのだ。どうしてなのか、その理由は分からないけれども。

「そう? 少なくともクッキーだと、負けちゃうよ。相羽君の前で恥をかかないように、せいぜい頑張ってねえ」

「純ちゃん、きつーい」

「夢を壊さないでよ」

 友人からの抗議を聞き流し、さっさと図書室に向かった。図書委員として貸し出しの受け付けに座る、今日が初めての日だ。

(二週間に一度なんて、考えたら少ないよね。一学期が終わるまでだから……七回ぐらいやるのかな。あ、でも定期試験の間は当番をしなくていいんだから、もっと少ないはず。慣れた頃には、終わっちゃいそう)

 気楽に受け止めたい気分もあって、そんな風に思う。もちろん、図書貸し出しの手順は教えてもらった。借りに来た生徒の生徒手帳を出してもらい、その番号(バーコード)を機械で読み取る。次にその人が借りたい本にあるバーコードも読み取り、コンピュータに記憶。あとは貸し出し期限を告げて終わり。簡単だ。ただ、心配があるとすれば、貸し出し以外の仕事。本の検索は絞り込みが難しい――ように、純子には思えた。仮に検索で本を見つけ出しても、その本が実際に棚のどこにあるのか、慣れない内は戸惑いそうだ。現在、生徒が個人で検索を行えるシステムの設置を進めているという話だから、早くそうなることを期待する次第。

「失礼します」

 まず、司書室に入る。司書の先生への挨拶が習慣になってるらしい。小山田花栄おやまだはなえという、中年よりもう少し歳の行った教諭が司書の先生で、図書委員会の相談役でもある。

「あなたは……涼原さんだったわね」

「は、はい。今日の当番です」

 慌てて頭を下げる純子。そして顔を起こすと、何やらうれしげにうなずく先生の様子が見て取れた。自分の記憶もまんざらでないことを確かめ、満足しているといった風情があった。

「よろしく頼むわね。初めてで大変かもしれないけれど、じき、慣れるから。分からない点があれば、私に遠慮なく聞きなさい」

「はい。ええっと、一学期間、よろしくお願いします」

「いい挨拶ね。頑張って」

 にこにこと笑みを絶やさぬ小山田先生に送り出され、純子は受け付けカウンターに向かった。

 やや背の高い丸椅子にちょこんとのっかり、図書室内を一望する。

 純子はひとまず、ほっとした。

(あんまり人がいない。できれば、誰も来ないでほしいところだけど、まさかそれはないわよね)

 席に座ってからおよそ十五分。最初は緊張で、じっと身構えていた純子だったが、次第に疲れてきた。何もせず、ただじっとしているのは、緊張が解けると同時に、どっと疲れを感じるもの。

(退屈……何かしようかな。宿題、英単語を調べとかなきゃ。ここなら辞書はいっぱいあるし、静かだし)

 英語のテキストとノート、その他の筆記用具に英和辞典をいそいそと鞄から取り出す。

 分からない英単語を五つばかり引き終わったとき、純子にとって最初の利用者が現れた。

「これを借りたいんですが」

 という声と共に、カウンターの上には、分厚く大ぶりな本が一冊と、文庫サイズの本が一冊。どちらも紙が薄く茶色がかっているようで、かなり古そうに見える。

「あ、はい」

 純子は英語のテキストや筆入れなんかを横に片付けながら、顔を上げた。そして利用者第一号が誰かを知り、思わず身を引く。

「……相羽君じゃないの」

「あ、やっぱり、涼原さんだった」

 生徒手帳を胸ポケットから取り出しつつ、相羽は言った。

「うつむいてる姿を見て、記憶にある頭だと思った」

「……頭の形で覚えてるの」

 両手で自分の頭を押さえる純子。今日は三つ編みにしている。

「どう? うまくやってる?」

「あなたが初めてよ」

 読み取る機械――小型の卓上クリーナーに似た――を引っ張り出しながら答えると、相羽の方は「へえ」と意外そうに小声で言った。

「案外、借りる人、少ないんだ」

「私は今日が初めてだから、そんなこと分からないわよ。多いか少ないかなんて。さ、手帳、貸して」

「そうか」

 純子は受け取った手帳の一ページ目を開き、機械の読み取り部をあてがった。ぴ、という電子音がごく小さく鳴る。次に本を引き寄せ、裏表紙折り返しにあるバーコードを読み取らせる。

「昆虫の図鑑と……『はなれわざ』って何の小説?」

「しげしげと見るなよ。プライバシーの侵害だぜ」

 慌てたように、相羽はカウンターに両腕を乗せ、本を催促する手つき。

「そんなこと言ったって、見えちゃうんだもの。しょうがないでしょ」

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