第7話 部活、どうする?
部活、決めた? ううん、まだ――そんな会話があちこちで聞かれる。
もちろん、純子達も同様である。
「相羽君がどこに入るかって? 知らないわよ」
帰り道、夕陽のまぶしさに片目を細めながら、純子は答えた。
「本当?」
富井は疑わしそうな顔を向けてきた。
「本当だってば。だいたい、何で私があいつのクラブのこと、知ってなきゃいけないわけ?」
「情報源として期待してたのにぃ。ねえ」
富井と井口は二人して、手を合わせて互いにうなずく。
「相羽君がどこに入るかなんて、関係ないじゃないの」
「ばっかね。文化系のクラブなら一緒に入る。運動部だったら、マネージャーとして潜り込む。これよ」
「はあ……」
感心するよりも、呆れてしまう純子。
「情報なら、芙美に聞けば」
と、純子は町田の方を見た。中学に入ってから、いつの間にか自然に、下の名前で呼ぶようになっていた。
「残念ながら、まだ決めてないみたいね、相羽君」
さすがに把握している。それから彼女は、富井と井口を見やりながら、続けて言った。
「だけど、そういう理由で決めるのもねえ。自分のやりたいことにしないと、あとでつらいかもよ」
さすがに正論を言う。と、純子は思った。
「そういえば、相羽君、小学校のとき、クラブの時間は何を選んだんだったかしら?」
ふと気になったというニュアンスで言ったのは、前田。当時の噂や情報にも通じている町田が答える。
「えっと。転校生だったから、好きなところに入れなかったはずよ。そうそう、手芸クラブに回されたって」
「えー? そうだったっけ?」
純子も含め、声を大きく上げた。
「手芸って、お裁縫とか編み物とかの……」
「それそれ」
「かわいそうに。手芸クラブって、確か女子ばっかりじゃなかった?」
「だったわね。あー、でも、私も手芸部だったらよかったと、思わないでもなかったなあ」
「案外、相羽君、裁縫も上手なんじゃない? ほら、クッキー作りがあれだけできるんだから」
井口が言ったのを、純子は即座に否定した。
「まさか。家庭科の授業で、よく針を指に刺しちゃってたような記憶があるけど。あのクッキーはお母さん直伝だからこそ、でしょう」
「そうか。じゃあ、少なくとも手芸部はなしね」
井口が言って、富井とまたうなずき合う。
(最初から、分かり切ってると思うけどな。足しにならない材料だわ)
純子は思ったことを口には出さず、お追従に近い苦笑いだけ浮かべた。
「化石が好きだったよね、相羽君」
「だから何? 考古学部なんてないわよ。強いて言えば……理科部がちょっと関係してるぐらいじゃない?」
「推理小説が好きみたいだから、文芸部とか」
「あ、そっちならありそう! でも、自分には文才ないような……」
「演劇部っていう可能性もあるんじゃない?」
「運動系なら、サッカーかな」
かように、一部女子の間で注目された相羽の入部先だが、最終的に彼が選んだのは――。
朝、教室に入った途端、純子は、相羽が他の男子らと話しているのを小耳に挟んだ。そして、てっきり聞き違えたのかと思った。
「本気か? 物好きだな」
「女子がいっぱいいるからじゃねえの?」
が、続く会話を聞く限り、どうやら聞き間違えたのではなさそう。
「そんなんじゃなくて、将来の単身赴任に備えて。なーんてな」
ふざけて答える相羽に、純子は確かめずにはいられなくなった。男子四人の輪の外から声をかける。
「ちょっといい? 相羽君、何の部に入るって? 何だか、とんでもない名前を聞いた気がしたんだけど……」
「それで合ってるよ」
立島が答えた。今にも吹き出しそうな顔をして、目も笑っている。
そのあとを、相羽の肩を叩きながら、唐沢が続けた。この子は第一小の出身だが、早々と相羽達とも打ち解けたらしい。喋り上手で、クラスでも目立つ方だ。
「こいつ、調理部なんて言い出すんだもんな。たまげたたまげた」
ああ――。純子は頭を抱えたくなった。
(調理部! 聞き違いじゃなかったんだわ。信じられないっ。何を考えてんのよ、こいつは。お料理なんて、やる気あるのかしら)
相羽の顔をじっと見つめる純子。疑惑の視線。
当の相羽はそれに気付いた様子もなく、唐沢に対して反論を始めた。
「人の好みだろ」
「しっかし、普通じゃないのは確かだ」
「得意分野に手を出して伸ばすのもいいけど、苦手なことに挑戦するのも面白いじゃないか」
「変わった奴。当分、おまえには飽きないな、きっと」
「ちぇ。そう言う唐沢は、何なんだよ?」
「言ってなかったか? 男のスポーツ、テニス! これっきゃない」
「テニスって、男のスポーツかいな?」
勝馬が当然の茶々を入れた。
「いいだろ。サッカーとか野球はだめなんよ、俺。テニスしかないんす」
「テニスなんて、やったことないなあ」
首を傾げたところで、ようよう相羽は純子の視線に気付いたようだ。
「――ご不満でも?」
「どういうつもりなのか、聞きたいのよね。女子に囲まれて、ちやほやされたいわけ?」
「まあまあ、涼原さん。そう、つんつんしなくてもいいじゃんか」
答えたのは勝馬だ。相羽は、やや呆気に取られた感じの顔つきになっている。
小学六年生のときの事情を全く知らない唐沢は、きょとんとするばかり。純子がどういう理由で相羽のことに口出ししてくるのか、想像できないのだろう。
相羽が答えないでいると、立島が言葉を挟んだ。
「いいじゃない。さっき本人が言った通り、好みの問題、自由なんだから。涼原さんだって、自分で決めた部活を色々と詮索されるの、楽しくないだろ?」
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