第6話 笑わせるもんか


「純ちゃん、これだよね」

 できれば忘れていたかったのに、富井達は覚えてくれていた。

「こんなことで、わざわざ集まらなくても……」

 雑誌の発売日である今日。学校が終わるや、みんなで書店に向かった。気乗りしていないのは、純子一人だけかもしれない。

(買わなくたって、四冊までなら家に余分にあるのよ)

 よほどそう言おうかと考えた純子だが、発売日前に送ってもらっていたことを伏せていた手前、今さら切り出しにくい。

「うわあ。いいな」

「凄い凄い、ほんとに載ってる」

 富井や井口がはしゃいでいる。辺りも気にせず、かしましい。

 二人の横では、前田と町田がそれぞれ一冊ずつ持って、静かに見入っていた。

 彼女らの斜め後ろで、他人のふりをする純子。

「この顔!」

 片手で口元を押さえながら、吹き出すように町田が言った。隣の前田が覗き込む。

「な、何よ」

 焦って、純子も駆け寄った。恥ずかしいと言っても、評価は気になるもの。

「純ったら、澄ましちゃって」

「そうね。いつもと全然違う」

 前田も同調するので、純子は気が萎えてしまいそうになった。

「どうせ……。実際はもっと、色んな顔したのよ。選んだのは、雑誌社の人なんだから」

 撮影現場に居合わせていなかった二人に、必死の説明。汗が出て来た。

「まあまあ。誉めてるのよ。こんな表情もできたんだってね」

「芙美ぃーっ」

「格好よく写ってるわよ、涼原さん」

「前田さんも、慰めてくれなくて、いいから」

 ますますむくれてみせた。

(あ。でも、『格好よく』って言われたのは嬉しい)

 内心、そう感じ入っていると、表情に笑みが自然と戻る。

「やっぱり――ありがとう」

 手を取って、軽く頭を下げる。

 前田も一瞬の戸惑いの後、にこりと微笑み返してきた。

「あっ、いたいた」

 聞き覚えのある男子の声。振り返れば、立島と勝馬、それに相羽だ。

「立島君達もこれ?」

 前田が手元の雑誌を指差すと、立島がうなずいて応じる。

「当ったり。ぜひ、見せてもらわないとな」

「遅かったね。学校で、何か用事、あったっけ?」

 井口が尋ねると、男子三人は顔を見合わせて苦笑い。

 今度は女子全員で、「どうしたの?」と声を揃えた。

唐沢からさわの奴をまくのに、手間取った」

 答えたのは相羽。疲れたように眉を寄せ、肩をすくめた。

「唐沢君って、第一小の子……ああ、撮影のこと、知らないから」

「そう。あんまり広まらないようにってのが、涼原さんのご希望だからね」

 続けて相羽が答える。純子に言わせれば、相羽自身も強くそれを希望する節が見え隠れしている、ということになる。

「幸い、女子の一人が唐沢を誘ってくれて、ようやく抜け出せたんだ」

 勝馬が言った。どこか悔しげなのは、きっと、唐沢がもてること自体は羨ましいとの意識があるのだろう。

「それで、雑誌、誰か買ったの? 買ったんだったら、見せてもらいたいな」

 立島が主に前田へと話しかける。

「富井さん達、買ったんじゃないの?」

「買ったよぉ。ほら」

 紙袋に入った一冊を、ぶんぶんと振った富井。

 そのやり取りに、相羽が反応。

「その、できるだけみんなに買ってほしいな」

「どうしてよ?」

 不思議に感じて、純子は相羽を見上げた。

「おまえ、出版社の回し者か?」

 勝馬が茶化すと、相羽は大まじめに首を横に振る。

「出版社は関係ない。アンケート用の葉書が着いてるだろ。その中に、どの広告がよかったか書く項目もあるから」

「なるほど。票の操作だな」

 立島はにやっと笑って、人聞きの悪い言い方をした。

「私達が出したって、微々たる物でしょ」

 町田はすでに呆れ口調。しかしすぐに納得したように、

「まあ、要は気持ちの問題だね」

 と言うや、雑誌を手にレジへと向かった。

「あ、あ」

 それなら家に残っている分を――そう思って手を浮かしかけた純子を、相羽が目配せして止めた。

 そうする合間にも、みんなレジへと向かう。一冊買っていた富井も井口の分を買うのに付き合って、店内へと消える。

「何か、悪い」

「気にしない気にしない。それより、感想はどう?」

「……もうこりごりだわ」

 ため息混じりに答えた。

「写真そのものじゃなくてね。知らない人が見て、何て感じているんだろうって考えたら、どきどきする。こんな心臓に悪い経験、一度で充分よ」

「……ごめん」

 また頭を下げてきた相羽。撮影が終わった直後に続いて二度目だ。

 純子は片手を振って、急いで応じた。

「そんな、謝らないでよ。でも、よかった。想像してたより、ずっとまともに写ってたんだもの」

「どんな想像をしてたのさ?」

「そうね。七五三か学芸会みたいな、不自然な感じになってるかなって。笑われるかもって、覚悟して」

「笑わないよ、誰も。笑わせるもんか」

 相羽が強い調子で答えたところへ、購入し終えた前田達が引き返してきた。

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