第5話 雑誌の中の自分

「なるんだったら、風紀委員か美化委員がいい。それに……図書委員って、確か本の修理やカード記入があるんじゃないか?」

 相羽に話を戻す柚木。相羽も分からず、さらに先生を見る。

 牟田先生は、両手を頭の後ろにやり、思い出す風な顔を作った。

「どうだったかな。本の修理はあるが、カード記入はないはずだよ。コンピュータで管理しているから」

「――ということだけど、それが?」

 相羽は再度、柚木を見やった。

「手先が起用じゃないから、自分。役に立てない委員になったって、迷惑だろうなと思って」

 柚木がおずおず答えたのへ重ねるように、後方の席から声が上がった。

「柚木は本当に不器用だから!」

 どうやら柚木と親しい子らしい。その男子が続けて言う。

「やらせるんだったら、絶対、美化委員がいい。そうじ、すっげー真面目にやるんだ」

 言われた柚木は、照れ臭そうに頭をかいた。

「そんなこと言い出すんだったら、私も」

 今度は前田が言った。特に、純子の方を見つめてくる。

「風紀、やりたいな」

「え、だって、朝、早いときがあるって、さっき」

 純子が問うと、前田はこともなげに答えた。

「朝早いのより、帰るのが遅くなる方が苦手だもの、私」

 話の方向が変わって、結局、自分がやりたい委員を言うようになってしまったらしい。峰岸は保健、長瀬は管理委員をそれぞれ希望した。形の上で残ってるのは、図書委員だけになったわけだが。

「なりたくなかったら、言ってよ」

 純子に対して相羽。

(自分こそ、家のお手伝いしなきゃいけない身分なのに、委員長引き受けちゃったくせに)

 名前を呼ばれる直前まで考えていたことを思い出し、純子ははっとなった。

(……えーい、相羽君にだけ苦労させられないじゃないのっ)

 踏ん切りが着いた。

「ううん。やっぱり、図書委員、やってみたくなった」

「いいのか?」

「結構、本好きだしさ。一学期だけでしょ。そのぐらい、何ともないわよ」

「そう言うんだったら……」

 相羽は白沼の方を向いた。副委員長は小さくうなずくと、黒板にきれいな字で各人の名前の下に、五つの委員を対応させていった。

「以上のようになりましたが、異議はないですか?」

 クラス全体を見渡す相羽。特段、異議は出なかった。

「じゃ、決定ということで……先生?」

「よっしゃ。ご苦労さん。まずまず堂に入った進行だったな。えーっと、各委員に決まった者は、来週水曜日の放課後、それぞれの委員会があるから、そこで説明を聞くように。忘れるな。じゃあ、席に戻って」

 牟田先生は指示をすると、次の話に移った。


 ページをめくる手が、かすかに震えた。

「――っ、はぁ」

 知らず息を詰めていたので、思わず大きく吐息した。

「どうしたの?」

 日曜の昼下がり。純子の前でうふふと笑うのは、母親だ。

 木目柄のテーブル上に広げられているのは、写真が豊富な大判の雑誌。発売日より五日ほど早い。出版元から直接、郵送されてきた物だ。同じ物を五冊も送られた。

「ど、どきどきしちゃって」

「無理もないわね。雑誌に載るなんて、滅多にできない体験だから」

「汗かいちゃう」

 手のひらをこすり合わせる純子。

「お母さんがめくって」

「そう? いいのね」

 念押ししてから、純子の母は、その細長い指先でページをめくった。

「――わ」

 親子二人して、同じような反応。

 見開きいっぱいに、四通りの少女。四種類の服に、髪型も違う。ときにかすかに、ときに大胆に。表情も笑顔に混じって澄まし顔、さらには不意をつかれて驚いたようなものまで。

「……」

 しばらく黙って見つめる。

(ふうん、こんな風になるんだ? 何だか……くすぐったい)

 口を半分開けて、見入ってしまっている自分に気付くと、照れ笑いが浮かんできた。

「どう、感想は?」

「うん……当たり前すぎるけど、恥ずかしい。よくこんな格好したなあって」

「そうよねえ。しかし……」

 雑誌の向きを自分の方に換え、さらに立てて目を凝らす母。

「さすが私の娘。きれいに写ってる」

「よく言う……」

 純子は両肘を突き、両手のひらに顎を乗せた。母を上目遣いに見やりながら、呆れ口調になる。

「親ばかって言うんでしょ、そういうの」

「相羽君のお母さんだって、誉めてくれてたじゃない。自信持ちなさいな」

 母は、至って気楽な調子である。ステージママみたく、その気にならないだけいいのかもしれないが。

「そんなことより」

 純子は母親の手から雑誌を取り返した。他の四冊は今のところ、手を着けないでおこうと決めているのだ。

「何か気になるの?」

「うん。ちょっと」

 閉じた雑誌を真正面に持って来て、純子は表紙をじっと見た。

(どのぐらいの人が買うんだろ。ううん、それ以上に、どんな年齢の人が)

 考えてみても分からない。一応、ファッション誌の形態を取っているが、ターゲットとする世代は幅が広そうだ。

(撮影のこと知ってる友達は仕方ないけど、他の子には見られたくないっ)

 念じずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る