第4話 適材適所を目指して

「親切で律儀って、何のこと?」

「いつだったか、傘に入れてもらったでしょう、純子? それに、謝りにも来たし。結局、何のことであの子が謝りに来たのか、あんたは話してくれなかったけれども」

「た、大したことじゃないもん」

 慌てて言って、水を飲んだ。

(言える訳ないじゃない。間違いとは言え、キスしただなんて!)

 また思い出してしまった。食べるスピードが遅くなる。

「純子? 顔が赤いわよ」

 うつむく純子を覗き込むようにして、母親が言った。


 恐れていた通り?の事態が起こった。

 相羽がクラス委員に選ばれたのは、ある意味で当然とも言えるだろう。「基礎票」がある上に、初日の号令をやったおかげで、こいつに押しつけちゃえという空気ができあがっていたのかもしれない。

「今、委員長に選ばれました、相羽です。名前だけは早く覚えてもらえるだろうから、選ばれてうれしいってことにしておきます。フツツカ者ですが、どーか、よろしく。協力してください」

 相羽が礼をすると、ちょっとした笑い声と、拍手が起こった。

 次に副委員長になった女子の挨拶。

白沼絵里佳しらぬまえりかです。どうして選ばれちゃったのか分からず、戸惑ってますけど、できる限り頑張りますので、協力してください。よろしく」

 話す内容とは裏腹に、白沼の外見は、自信ありげに見えた。色白で眼鏡をかけて、いかにも優等生っぽい。

「ともかく一学期間、頑張ってもらおうか」

 牟田先生は、この結果に満足した風な口ぶりだ。

「他の各委員には、得票のあった者を多い順から、割り振る。委員は五つだから、五人だけ残して、あとは消していいぞ。委員長と副委員長、最初の仕事だ。なるべく希望を叶える形で、割り振ってやってくれ」

「はい。じゃあ……」

 相羽が黒板消しを手に取ろうとするのを、白沼が止めた。

「委員長は司会、でしょ? 普通」

「それもそうか。けど、チョークの粉で、汚れるかも。いいの?」

「ありがと。でも、これぐらい」

 二人のやり取りに、冷やかしの声がいくらか飛んだが、当人達はまるで気にしていない様子だった。

(さすがに慣れているというか……)

 頬杖を両腕でつきながら、純子は思った。

(それにしても、誰にでも優しい態度、取るんだから、あいつ。だから、期待しちゃう子がたくさんいるんだ)

 相羽をいいと感じる女子が多い、そのからくりが分かったような気がした。

(だいたい、おばさんの手伝い、あるんじゃないの? それなのに委員長なんかやってたら……)

「涼原さんっ」

「は?」

 唐突に名前を呼ばれ、必要以上に大きな声で反応してしまった。その途端、皆の視線を感じて、顔が熱くなる。

 名を呼んだのは、相羽だった。

「どの委員がいい? もしくは、どの委員だけには絶対なりたくない?」

「あ」

 そうなのだ。純子も、何らかの委員に選ばれるのは確定している。他の四人には前田も入っており、立島は、元六年二組の票が相羽に流れたおかげか、辛くもセーフ。

(か、考えてなかった……)

 五つの委員とは、保健、風紀、美化、図書、管理。ホームルーム委員や会計などは、委員長・副委員長が兼ねるらしい。

(どれも大変そう)

「と、特にありません」

 妙に丁寧な言葉遣いで返事した純子。一瞬だけ、相羽は面食らったような表情を垣間見せた。

「本当にいいの?」

 一転して、馴れ馴れしい口調で、相羽は尋ねてきた。

「……どういうこと」

 今度は純子が戸惑う番だ。

 次に、相羽は教壇を降り、すっと純子の席まで歩み寄ってきた。何事かとばかりに、教室内がざわめく。

「何よ」

「ちょっと。ちゃんと聞いてたかい、先生の説明を?」

 純子の机に両腕をついた格好で、ずいぶん真剣な眼差しを向けてきた相羽。

「え……と。ぼんやりしてて、聞いてなかった」

「全く……。大変さに差はないみたいだけど、継続的に仕事があるのは図書と風紀だってさ。図書委員は二週間に一度、放課後の図書貸し出しの受け付けをやらなきゃいけないらしいよ。風紀の方は、朝早くから校門に立つ場合があるって。だから、他のみんなはなりたがってない。涼原さんがそれでいいのなら、決定するよ」

「そ、そうだったの? あ、じゃあ、図書と風紀は遠慮したいな……」

「分かった」

 素気なく言って、相羽は急いだ風に前へと引き返す。

「確認したら、やっぱり図書委員と風紀委員はあまりやりたくないということだから、結局、決められない……。先生、じゃんけんかくじ引きで決めてもいいですか」

「ああ、仕方ないだろう。ただし、一言つけ加えておくとだ、運動部に入るつもりの者には、図書と風紀はしんどいぞ。図書は、練習と貸し出し当番が重なったら面倒だし、風紀は、朝練と登校時に門に立つ当番が重なると、やはり面倒だろうな」

「そういうのもあるんですか」

 考える様子の相羽。やがて五人を見渡して聞いた。

「運動部に入るって決めてる人、いる?」

 反応したのは二人。ともに第一小の子で、峰岸みねぎしという女子は水泳部、長瀬ながせという男子は陸上部にそれぞれ入るつもりだと言う。

「じゃあ、図書と風紀委員、悪いけど、残った三人で、話し合って割り当ててほしいんだけど、どう?」

 相羽の言葉に、残った三人――純子と前田ともう一人、男子の柚木ゆずきは、互いに顔を見合わせた。

「自分で言うのも変だけど、僕は真面目が取り柄なので」

 柚木が口を開いた。事実、真面目そうな調子である。容貌も、眼鏡がいかにも勉強の虫という感じ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る