第3話 多数派になるのも善し悪し

 その指示を聞いてから、相羽が教壇に立った。例によって、わずかに上目遣いに、ぼんやりとした視線をしている。

 相羽は喉元に手を一度やってから、始めた。

「第二小から来ました、相羽信一です。どんな字を書くかを知りたい人は、名簿でも見てください」

 割と大きく笑いが起こる。

「小学生のとき、得意と言うか好きだった科目は理科で、苦手だったのは国語と家庭科。これ以上、苦手を増やさないようにしたいです。えっと、とりあえず一年間、同じクラスということで、よろしくお願いします」

 頭をひょいと下げ、自分の席に戻る相羽。とぼけた話し方にはまっている感じで、なかなか受けた自己紹介だった。

(変わってないね。受けてるし)

 純子は、六年二学期の、委員長に選ばれた相羽の挨拶を思い起こしていた。

(あいつの場合、受けを狙っていると言うより、自然にそうなってるような感じがあるけど)

 自己紹介が続く。中学側でうまく配分したようで、第一小と第二小の出身の割合は、五分五分と見える。

 中程を過ぎ、女子の方へ。女子の八番目の純子にも、すぐに回ってきた。

「涼原純子です」

 名前を言い終わって、初めて皆の目を意識した。

「好きな科目は国語と理科です。苦手は、家庭科の一部と水泳。小学校のときに知り合った人もそうでない人も、よろしくお願いします」

 少しばかり早口で言って、ぺこりと頭を下げた。今日の髪型はポニーテール。文字通り、元気のいい仔馬の尾っぽのように、跳ね上がる。

 顔を起こした途端、相羽と目が合った。何だか知らないけど、微笑んでいる。

(何かおかしなこと、言ったかな?)

 席に戻ってからも、いくばくかの間、気になった。

 そうしている内に、自己紹介も三十六人全員が終了。先生が前に立った。

「よし、今日のところは、これまで。明日も始業式とクラブ紹介ぐらいで、今日と似たようなことしかしないから、緊張しなくてよろしい。お待ちかねの授業は、明後日からだ。ああ、それから、明日はクラス委員を決める。知らない者同士でも、なるべく人となりを見ておいてくれよ。以上。えー、相羽君。もう一遍、号令」

 相羽は言われるがまま、号令だけの「一日委員長」をこなした。

「六年二組だったのが、結構いるな」

「うん。確率、高いぜ」

 相羽と立島が話すのが、耳に入った。確かにその通りで、男子だけでも、相羽、勝馬、清水、立島と四人いる。女子は、純子の他に前田と町田、それに遠野がいた。でたらめに組み合わせれば、計算上、男女合わせてもクラスに三人いるかいないかになるのが普通だから、間違いなく多い。

「てことは、何かの委員に選ばれる確率も高いかもよ」

「げ、うれしくない。身内同士の投票はなしにしよう」

 そんな話をしながら、相羽達は教室を出て行った。廊下で待っていたらしい、別のクラスになった元の級友らと合流する。

「何の話してんだか」

 純子のつぶやきを聞きつけたか、町田が声をかけてきた。

「私のチェックによりますと」

「な、何? いきなり」

 驚いて聞き返すと、相手は“できる秘書”っぽく眼鏡のずれを直す仕種を見せ、笑みを浮かべながら続けた。

「第一小の子達にも、かなり受けていたわね、相羽君。当然、女子。またライバルが増えそう」

「外見だけで判断しちゃって。そんなにいいのかな」

 形だけ悪態をつく純子。町田はわざとらしく、肩をすくめた。

「純ちゃん? 終わったんなら、帰ろうよー」

 廊下に通じる出入口で、富井が顔を覗かせていた。


 昼前、家に帰り着くなり、母親がまとわりつくかのごとく、質問を浴びせてきた。

「どうだった? 行かなくてよかった?」

「うん。来てない人の方が多かったみたい」

 親が入学式に来ていたかどうかを話しているのだ。

「記念写真やビデオを撮ってる人は、結構いた」

「それだけならまあ、よかった。で、どんな感じ? 楽しくなりそう?」

「まだ分かんないよ。六年のとき、同じ組だった子が割と一緒のクラスになったから、心細くはないと思うけど」

「そう言えば、何組になったの?」

「一年三組。出席番号、二十六番。教室はね、三階まで上がって、右に折れて三つ目」

「三階ねえ。危なくない?」

「もう、そんな心配、しなくていいから。ご飯、早くして」

「はいはい」

 台所に向かう母親。純子は服を着替えに、自分の部屋に入った。

(似合ってるって、本心で言ったのかな)

 今朝の相羽の言葉をふっと思い出しながら、手早く着替えにかかる。まだ雨は落ちてきていないが、曇り空のせいで、多少肌寒い。

 鳥肌の立つ二の腕辺りを見て、次に無意識の内に、胸を見下ろす。このところ、特に気になり始めていた。

(……まだ早いかな……)

 早熟な子は小学五年、いや、四年の三学期頃から着けていたように思う。

(人は人よ。ふん)

 頭を振って、純子はシャツをすっぽりと被った。

 着替えが終わって、一階に降りる。昼食ができあがったらしく、階段のところにも、においが漂ってきていた。チャーハンだ。

 母親と二人、L字になるようテーブルに着いて、食べ始めた。

「同じクラスの知ってる子って、誰?」

 まだ聞き足りない様子の母親に、純子は小さく首を振って答える。

「言っても、お母さん、知らない子がほとんどよ」

「いいから。富井さんは?」

「郁江は四組。お母さんが知ってるのは……町田さんがいる。あと、去年、劇で犯人役やった前田さん」

「ああ、あの子ね。かしこそうな」

 実際、前田は頭がいいから、純子は何も言えない。

(余計なこと言うと薮蛇だわ、きっと)

 急いで次の名前を挙げる。

「それから、劇で警部役だった立島君。委員長してた子だし、よく知ってるでしょ」

「ええ。あら? 何だか、成績のいい子が偏っちゃったのかしら?」

「偶然よ。他にお母さんが知ってるのは、相羽君」

「へえ、あの『親切で律儀な』相羽君ね」

 にまっと笑いながら、母親は微妙なアクセントで言った。

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